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 ■ルカの福音書 4/4/2021

 

そして彼らと食卓に着くと、イエスはパンを取って神をほめたたえ、裂いて彼らに渡された。すると彼らの目が開かれ、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。(ルカ福音書24:30-31) 

 

クレオパをはじめ二人の弟子は、よみがえられたイエスに一緒に泊まってほしいことを願い出ます。しつこく、熱心に願ったのでイエスも了承してくださいました。もちろんこの時点では目の前の旅人が復活されたイエスだとは気づいてはいませんでした。しかし、道々話してくださったイエスの言葉に神のことばの真実さと約束の確かさに深く感動をしていたので、どうしてもイエスに泊まってほしかったのです。
第一に復活の主を熱心に引き留める心の熱さが必要です。信仰生活を淡々の送っていたのでは、神様が備えておられるチャンスを逃すことがあるのです。イエスによって心を燃やされたらそれに応答してイエスとの交わりをさらに求めていく。その思いが霊的な目が開かれるために大きなきっかけとなるのです。
そのことがあったので、弟子たちは宿屋でイエスと一緒に食卓に着くことができました。
初めてイエスを交えての食事です。イエスはパンを取って神をほめたたえ、裂いて弟子たちに渡されたのです。イエスが祝福の祈りをなされたその時、弟子たちの目が開かれ、目の前におられるお方がイエスだとわかったのです。そのあとイエスの姿は見えなくなりましたが、弟子たちはもう戸惑うことはありませんでした。
確かに自分たちは復活のイエスに出会っていたこと。共に歩んだこと。一緒に食卓に着くことができ、祈りを共にすることができたこと。それらの経験はイエスが復活され生きておられることの証でした。
私たちも信仰の手ごたえが必要です。信仰の確信ともいえます。それはイエスと交わる中で与えられてくるものなのです。どんなきっかけからでもいいのです。イエスを求める思いが大切です。置かれている状況が混乱し、どのように理解できなくても、イエスに祈り、みことばを見出し、主を求めることをやめてはいけないのです。後で必ずすべてがわかるように神様な導いてくださいます。イエスを離してはならないのです。

 

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