◆主と共に生きる◆信徒の証し

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2024.02.18

■黙想エッセイ

 

ことばは、私たちが生きているこの世と現実を表しますが、生み出しもします。ヘブル語「ダバル」には 「ことば」という意味と「出来事」という意味があります。ことばは出来事の原因となります。人は、ことばによって世界を作り上げます。親切で温かいことばは、だれかの心に花を咲かせます。荒く冷酷なことばは、私たちの内面に氷の世界を作り出します。語る場に立つことが怖い理由は、そのことばが引き起こす影響を予想することが難しいからです。
この世での最初の会話は、アダムが女に伝えた愛の告白でした。しかし、ことばが権力へと変わることにより、事情はがらりと変わりました。ことばは刃やむちのように武器として使われるようになりました。独裁者がそのようにしたのです。独裁者とは、自分だけが話す人です。彼の周りにいる人々に許されるのは、彼のことばを書き取るか、オウム返しすることのみです。そうなれば、真実と自由に服するべきことばが前にも増して嘘や分裂、混沌を生み出すことに使われることになります。

論争や対話は、相手とともに真実を模索する過程にならなければなりません。ジグムント・バウマンは『人間の条件 (On the World and Ourselves)』 という著書の中で、「対話をするためには、心の扉を開き、人間的な親切さを見せなければならない」と言っています。人と人の間をつなげてくれることば、真実と自由に仕える品格のあることば、そのような真のことばが恋しくなります。

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