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2021.02.21

「一意専心」

 

ただ一つのこと、すなわち、うしろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、キリスト・イエスにあって神が上に召してくださるという、その賞をいただくために、目標を目指して走っているのです。 (ピリピ3:13b-14)

 

以前、読んだメッセージにこのような記事がありました。
「新聞記事で様々な中傷を受けた男性が、牧師(のちに政治家、大学教授)のエドワード・エベレット・ヘイルのもとを訪ね,どうしたらよいだろうと相談したそうです。
ヘイルの答えはこうでした。「何もする必要はありません! 新聞を買った人の半数はその記事自体を見ていませんし,記事を見た人の半数は読んでいませんよ。それに,実際に読んだ人の半数は意味を理解していませんし,理解した人の半数はそんな記事を信じていません。そして,信じた人の半数はいずれにせよ取るに足りない人たちです。」
このヘイルの男性にしたアドバイスを私たちも聞く必要があるように思います。もちろん、今のSNSで流される情報量は当時のヘイルの時代とはくらべものにはなりません。今はまた個人情報や人権の問題は大きな課題ですし、多くの人たちが敏感になっています。
しかし、一方でそれらに過敏になりすぎる傾向もあるのではないでしょうか。誰が誰に対してどのようなことを言っているのか。いつも気になり、ネット情報に過度に依存する傾向があります。そうして、匿名で様々な中傷誹謗が流されてしまいます。多くの人たちが、あまりにも簡単に気分を害します。ですからネット情報に対しては十分に気を付けなければなりません。過度に依存しないようにいたしましょう。一日中気になって、日常生活が手につかないということにもなりかねません。また、不必要な情報を取り入れてしまうと、間違った情報に動かされることになってしまうのです。
意識して、不必要な情報は入れないことです。ゴシップやネガティブな情報から距離を置き、私たちの置かれているところで、与えられた人生を精一杯生きる者となりたいと思います。
パウロは自分の生き方を明確に告白しています。彼は、ただ一つのこと、すなわち、うしろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、キリスト・イエスにあって神が上に召してくださるという、その賞をいただくために、目標を目指して走っているのです。」と言っています。パウロには集中する目標がありました。それはキリストの福音に一意専心して生きることでした。その結果、ゴールした時には神様が用意しておられる賞を受けることができると、期待し、待ち望んで日々励んでいったのです。
私たちもそれほどの時間的な余裕があるわけではありません。それぞれの人生が終わりに向かって進んでいるのです。そのことを考えると、無駄に時間を過ごさないようにしたいものです。今日も神様を心から礼拝し、主の示される御心に従って歩んでいこうではありませんか。気になる後ろのものを忘れ、前に向かって前進していこうではありませんか。主は共におられます。

 

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