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2024.07.14

「一粒の麦のように」

 

「まことに、まことに、あなたがたに言います。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます。」(ヨハネ14:24)

 

今月7月3日から新たな紙幣の発行を財務省と日銀が始めると発表しました。紙幣のデザインが変わるのは2004年以来、20年ぶりとなります。新たな紙幣には、一万円札に「近代日本経済の父」と呼ばれる渋沢栄一、五千円札に日本で最初の女子留学生として米国で学んだ後に津田塾大学を創設した津田梅子、千円札に細菌学者の北里柴三郎が肖像画に決まりました。この内、津田梅子は米国で洗礼を受けたクリスチャンです。彼女は女性の地位向上のための女子教育に人生を燃やした先駆者です。
彼女は1864年に東京で生まれ、6歳の時に岩倉使節団の一員として渡米留学し、11年に渡り米国で教育を受けました。彼女のホストファミリーであったランマン夫婦は熱心な信者で、信仰と愛をもって彼女に関わり続けてくれました。彼女が8歳の時、ランマン夫婦に連れられて教会に通っていた彼女は自ら志願して洗礼を受けました。高校を卒業して日本に帰国した後は英語の家庭教師して働きました。その後、華族女子校(現在の学習院大学)で英語教師として働く傍ら、ヘレン・ケラーやナイチンゲールとも会い、大きな刺激を受けました。その後、英語教員を育てるための女学校として女子英学塾を始めました。次第に生徒が増え大きく成長し、後の津田塾大学となりました。彼女は「どうしたら日本の女性のために役立てるのか」という使命感をもって様々な困難に立ち向かいながら、一粒の麦のように生きたのです。晩年の彼女の日記にはこう書かれていました。「…新しい苗木が芽生えるためには、ひと粒の種子が砕け散らねばならないのだ」。彼女自身の心には、ヨハネ14章24節のみ言葉が留まっていたのです。「まことに、まことに、あなたがたに言います。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます。」(ヨハネ14:24) 後年は病に倒れ、入退院を繰り返しながら64歳で天に召されました。
一粒の麦そのものを貫いて生きた代表は何と言ってもイエス・キリストです。イエス様の人生そのものが一粒の麦でした。イエス様が十字架で私たちの罪の身代わりに死んでくださったことにより、どれだけ豊かな実が結ばれたのでしょうか。その実のりの一つが私たち自身です。私たちはイエス様から永遠のいのちという実を頂いただけでなく、天の御国の豊かな実りも与えられています。しかし私たちに与えられた実りは、決して自分が受け取って終わりではありません。その実りを私たちも同じく一粒の麦のように地に落ちて死ぬ歩みによって、その他大勢の人々が受け取ることができるのです。死ぬというのは、私たちの肉体的な死だけを意味しません。私たちが自分自身に死に、自分の思いに死に、自分の計画に死んでイエス様と福音のために生きるなら、その人生は一粒の麦のような人生だと言えます。使徒パウロはピリピ人への手紙でこう告白しています。「私の願いは、どんな場合にも恥じることなく、今もいつものように大胆に語り、生きるにしても死ぬことにしても、私の身によってキリストがあがめられることです。私にとって生きることはキリスト、死ぬことは益です」(ピリピ1:20-21)

「誰かのために生きてこそ人生には価値がある」。ドイツの理論物理学者であるアルバート・アインシュタインが語った言葉です。誰かとは隣人であり、何よりイエス・キリストです。私たちはイエス・キリストのために生きてこそ、人生により価値があることを体験します。私たちの人生を喜んでイエス・キリストにささげてまいりましょう。アーメン。

 

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