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2024.07.07

「あなたがたこそ地の塩、世の光です」 マタイの福音書5章13-16節 井上 圭 伝道師

 

先週の「狭い門から入る」という有名な聖句に続いて、「地の塩、世の光」について考えましょう。
塩とは言うまでもなく人が生きる上で大切なものです。塩分が体内で重要な役割を果たしており、塩分が無くなると様々な症状が生まれます。塩分が足らないからと言って他のもので代用することができず、人の手で作り出すこともできません。塩の役割を考える時、まず、食材の防腐があげられます。冷蔵庫の無い時代から食べ物をいかに長持ちさせるかを考えて様々な保存食が考案されましたがそこには塩が欠かせません。第二に味付けとか風味を付けます。食材の本来の味を引き立てるのに塩を用い、料理上手な人は絶妙なバランスの味付けをします。第三に聖めの役割でしょう。日本では古来から穢れを払い、身を清めるために塩を用いてきました。あるいは殺菌効果もあるようで、風邪で喉が痛い時に塩水でうがいをして病を避けることもあるでしょう。
これらは物理的な効果ですが、これらを比喩的に使うことがあります。身の回りでも世界を見渡しても社会が腐敗しているのは感じる所です。倫理的、道徳的にも腐敗している所があるでしょう。そういう状況にならないように防ぐ役割が塩なのです。味付けや風味という点でも、コミュニティなどの環境においていい影響を与えられるといいと思います。私たちの周りには不平不満、うわさ話、批判、恥ずべき言葉などが横行しています。そのようなものに対してもいい影響を及ぼすものが塩気と言えましょう。そして聖めですが、私たち自身が聖くなることが難しくても神の聖さを私たちを通して現わすことはできるでしょう。そのような役割が塩にはあると言えます。
そして光ですが、その役割は明確で「暗闇を照らす」ことでしょう。様々な悪が暗闇のなかで行われています。その闇を照らし、覆いを取り除き、見えるようにするのが光なのです。その明かりは升の下ではなく燭台の上におき、家全体を照らすべきだと語っておられます。そして「光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。」(ヨハネ1:5)「すべての人を照らすそのまことの光が、世に来ようとしていた。」(ヨハネ1:9)とあります。この「まことの光」こそ、イエス・キリストでありその光は闇に打ち勝っているのです。
さて、原語のニュアンスを見てみましょう。「あなたがたは」ということばは強調されており、あなたがた「こそ」とかあなたがた「だけが」というニュアンスがあります。社会的に功績を挙げた人でもなく、社会的に有名な人でもなく、リーダー的な存在の人でもありません。「あなたがたこそ」「あなたがただけ」が地の塩世の光としての存在価値があるのです。しかもイエスは地の塩世の光に「なりなさい」という命令はしていません。そうではなく地の塩世の光「です」と断定しています。自分にはそのような役割を果たせそうもない、そのようになれないと嘆くのではなく、すでにそういう存在でありそういうアイデンティティがあるとイエスは断定しているのです。私たちはその事実を受け入れましょう。地の塩世の光としてその役割をどう果たして行くかを考えるべきではないでしょうか。
そのヒントがいくつかあります。「・・・人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。」(マタイ5:16)とあります。良い行いをするには「神のことばと祈りによって、聖なるものとされる・・・」(1テモテ4:5)のであり「いのちのことばをしっかり握り、彼らの間で世の光として輝く・・・」(ピリピ2:16)のです。つまり、イエスとつながり、イエスの言葉に忠実に従う必要があるのです。それは自分の力だけでできるものではありません。塩は誰にも作り出せないように私たちの塩気も自分で身に付けることができません。そうではなく「人はみな、火によって塩気をつけられます」(マルコ9:49)とあるよぅに聖霊の力がそうさせて下さいます。
また、主の証人になることも必要です。「証人」の原語には、石が水面に落ちて波紋が広がるという意味が含まれています。石を投げると飛び石になるように、行く先々でイエスを宣べ伝え波紋のように拡散させるのです。「あなたがたは以前は闇でしたが、今は、主にあって光となりました。・・・」(エペソ5:8)と、もはや以前の私たちではなく変わったのです。世の中に溶け込んで塩味を滲ませ、イエスの光を解き放つ者となりましょう。

 

≪分かち合いのために≫

  1. 塩の役割、光の役割をしていると思われる領域(家庭、職場、教会など)がありますか?
  2. もし塩気や光を失っているとお考えなら、何をどこから変えていく必要がありますか?

 今日の暗唱聖句

 

「あなたがたは地の塩です。もし塩が塩気をなくしたら、何によって塩気をつけるのでしょうか。もう何 の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけです。あなたがたは世の光です。 山の上にある町は隠れることができません。」       (マタイの福音書5章13-14節)

 

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