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2021.08.29

「いつくしみと厳しさ」  ローマ人への手紙11章13節-24節  西田育生牧師

 

異邦人が救われているのにユダヤ人がなかなか救われないことについてパウロの葛藤は続きます。ユダヤ人にとっては、血統や神の契約など古くから根付いているものがありました。しかしある時から神との結びつきがなくなってしまい、一見、信仰を守っているようでも実はそうではないということを、パウロはオリーブの木と枝に例えて話を進めます。神から離れる、つまり、枝が幹からとれてしまったのが今のユダヤ人であり、代わりに異邦人が救われた状態を幹に接ぎ木されていると比喩しました。
ユダヤ人は、自分たちは選民であり今さら救い主イエスを信じる必要がないと頑なになっているのでだんだん神から離れて行ってしまいました。一方、異邦人はそういうことに無関係で、イエスを救い主として受け入れています。いわば、ユダヤ人の頑なさゆえに異邦人は(私たち日本人を含めて)救われたと言っていいでしょう。単にユダヤ人の状態を見るだけではパウロが嘆くのも無理はありません。しかし、それゆえ異邦人が救われたことを考えれば神の壮大な計画のうちにあり、一歩一歩、着実に計画が進んでいることがわかります。そこでパウロは考えました。「私は何とかして自分の同胞にねたみを起こさせて、彼らのうち何人かでも救いたいのです。」(ローマ11:14) つまり、ユダヤ人の頑なさゆえに異邦人が救われたなら、その逆に、異邦人が救われたがゆえにユダヤ人を救うことができるはずだと考えたのです。似たようなことが、放蕩息子のたとえ話(ルカ15章)に見ることができます。生前分与を受けた弟は放蕩三昧の末、すべてを失って父のもとに帰ってきました。それを喜んだ父親は祝会を開きます。それを見た兄は、自分はきちんと戒めを守り、こんなに忠実に働き、まじめに過ごしているのに、放蕩三昧した弟はなぜあんなに祝福されるのだろうかと妬みました。それに対して父親が兄のことを諭すところで聖書は終わっていますが、兄がもしここで改心したらどうでしょう。これで父の考えは分った、私は弟以上に恵まれている、一緒に弟を祝福しよう、私もこの輪の中に入ろう、ということになれば「妬みゆえに兄は救われた」ということになるでしょう。兄をユダヤ人、弟を異邦人に置き換えて、同じことをユダヤ人に対してできるのだとパウロは考えたのです。
一方、救われた異邦人、即ち私たちはどういう気持ちでいるべきかについてパウロは言及しています。ユダヤ人は神の恵みを拒んだのだから自業自得である。我々は信仰によってそれを得た、と誇る異邦人も中にはいたからです。「枝の中のいくつかが折られ、野生のオリーブであるあなたがその枝の間に接ぎ木され、そのオリーブの根から豊かな養分をともに受けているのなら、あなたはその枝に対して誇ってはいけません。たとえ誇るとしても、あなたが根を支えているのではなく、根があなたを支えているのです。」(ローマ11:17-18)つまり、救われたのは神の恵みであって、誰がどんな努力や労力を払ったからではない。神の恵みにあぐらをかいてはいけないと戒めています。信仰をもち、救われたのは自分の手柄のように思ってはいけないのです。「…彼らは不信仰によって折られましたが、あなたは信仰によって立っています。思い上がることなく、むしろ恐れなさい。」(ローマ11:20)と神からの恵みだということに感謝し、神を恐れかしこむことこそ必要なのです。
このように神は私たちをいつくしみ、愛に溢れるお方です。その一方、不信仰なユダヤ人を幹から切り落としたように、厳しさも持ち合わせておられます。神のいつくしみを見つめ、同時にそこに厳しさをも見つめてゆく。これが神を恐れるということでしょう。「…神は、彼らを再び接ぎ木することがおできになるのです。あなたが、本来野生であるオリーブから切り取られ、元の性質に反して、栽培されたオリーブに接ぎ木されたのであれば、本来栽培された枝であった彼らは、もっとたやすく自分の元のオリーブに接ぎ木されるはずです。」(ローマ11:23-24)とユダヤ人は本当に見放されたわけではなく、悔い改めればまた元の木に接ぎ木され恵みと祝福を得られるのです。日々色々なことが起きますが、神はいつも見つめ、語りかけて下さっています。
「今日、もし御声を聞くなら、あなたがたの心を頑なにしてはならない。荒野での試みの日に神に逆らったときのように。」(へブル3:7-8) 日々御声に聞き従い、神のいつくしみと厳しさのなかに歩んでいきましょう。

 

≪分かち合いのために≫

  1. 神様の救いの計画の中で自分も救われたことを覚えよう。 
  2. 自分の中にある誇ってしまう傾向はないだろうか。
  3. 神様の慈しみと厳しさをどう受け取りますか。

 

 今日の暗唱聖句

 

「ですから見なさい。神のいつくしみと厳しさを。倒れた者の上にあるのは、厳しさですが、あなたの上にあるのは、神のいつくしみです。」(ローマ人への手紙11章22節 a)

 

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