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◆主と共に生きる◆信徒の証し

NO.324 2023.09.17

■黙想エッセイ

 

一般的に信徒の1日の聖書の黙想時間は、平均約20分だそうです。聖書の黙想が重要なのは言うまでもありませんが、黙想したみことばを生活の中に浸透させていくことは簡単ではありません。みことばに従う力が作用するためには、黙想の濃度が濃くならなければなりません。人の考えや食べ物の味が深まるためには時間をかけることが必要ですが、 黙想についても同じことが言えます。私たちがみことばを黙想する時、聖霊は決して見物しておられるわけではありません。私の経験によると、黙想が深まってくると、聖霊はさらに多くのみことばと長い時間の中に私を導かれます。私よりも聖霊が喜ばれ、長い時間一緒に過ごすことを望まれるのです。
従順は、聖霊に満たされてこそ可能になります。まるでコップが水でいっぱいになるとあふれるように、聖霊の満たしは、みことばが心の中に満ちあふれることを意味します。みことばに対する信仰、喜び、感謝、悔い改めがあふれると、従うことが楽しくなります。だれでもみことばを黙想する時間に心を込めるなら、聖霊の心を感じるようになります。聖霊に敏感に反応して真実に応答するとき、黙想の深さも変わります。そして、そのあふれる恵みは内面から湧き上がる変化を生み出すでしょう。 1日は1440分です。わずか20分で、残りの1420分の人生の方向を変えることは簡単ではありません。心から人生の変化を望んでいるなら、黙想の濃度を点検しましょう。

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