■リュウジ ガブリエル
クリスチャンホームで育った私は、幼い頃から死を恐れていました。死んだら神様が新しい命を与え、神様とともに天国で過ごすことを分かっていながら、「それは実際どんな生活なんだろう」と死の先にある未知の世界への不安をずっと覚えていました。
ヨハネの黙示録が示している喜びや幸せを知っていても、牧師先生や周りの兄弟姉妹から天国がどんなに素晴らしいところなのかを語られても、私の天国へのイメージはいつも暗いものでした。死んだら永遠の命をくださるというけれども、今と同じ生活を繰り返すのではないか、最悪、これは洗脳なのではないかと思われました。
同時に、まだ自分の信仰が弱いことに気づかされました。どんなに祈ってもこの死への不安が消えませんでした。どんなにヨハネの黙示録を読んでも天国の素晴らしさが見えませんでした。おそらく変な動画を見過ぎたからだ、と思いながらも、恐れが止まりませんでした。これはきっと悪魔の仕業だったのでしょう。
そこで私は普段、聖書についてあまり話し合わない父にこのことを打ち明けました。父は「未知のことを恐れるのは、君が人間だということを示している。だからこそイエス様がずっとそばにいてくださることを知る必要がある。」と言ってくれました。シンプルな言葉でしたが、神様は私の恐怖をもご存知だと思い知らされました。
そして、もう一つ思い出したのは、私は目に見えない神様を信じている。ならば、天国の存在やそこが良いところであることが信じられないはずがないということでした。
その時から天国のことをイメージする時、神様とイエス様が光っている王座に座れ、私を持っていてくださることが浮かびます。いつかは神様とお会いし、天国の美しさを見ることができるでしょう。
(リュウジ ガブリエル)