■石橋真由美
私は、月に1度から、多いときは3度必要に迫られて陸別に向かっていました。去年のクリスマスイブは、私は陸別からかえってくるバスの中に乗っておりました。朝の暗いうちに陸別の家をでて暗くなってから家に着くという遠い道のりでした。85歳になった母の状況は年を追うことに日に日に悪い状況になっていました。年中風邪をこじらせ、いつのまにか、体重は10キロ以上減り、38キロにまでになっておりました。悪いものを食べては腹痛で苦しみ、ベットから落ちて頭を打ったり、雪道に転倒したり、ここ2.3年は平安な日々がなくなっていました。
「神さま、いつまでなのですか。この苦境から救い出してください。」バスの帰り道一人母を残して帰ってくる私の胸は怒りと不安に押しつぶされ、何度神様に叫んだことでしょう。そんなある日、眠れないほど落胆し、常に迷っている私に、娘たちが言いました。「考えても考えても何もならないよ、だだ、祈りなさい」と。それしか解決はないのだと。祈りのカードは娘たちにそう言われて、一年前に泣きながら書いたものです。
そのあとも、遠くひとりで暮らす母を取り巻く環境はますます悪化していきました。たのみの綱だった母の友人や近所の人達からも母は次第に孤立するようになってしまいました。しかし今思えば、神さまはその荒野のような母の暮らしをとおして、母の気持ちを少しずつ変える準備をしてくれたのかもしれません。
いよいよ、兄と母を迎えに行く5日前、私は札幌のグレースの家に飛び込みました。その日は、途方に暮れ、車で一日中さまよい歩き、グレースの家の扉をたたいたのです。ドアが開くと、一名の空きができ、入所募集の張り紙を手に玄関から出てきたところでした。神様がたどり着かせたのがここなのだと思いました。
11月3日、ここグレースの家のみなさんに母が迎え入れられるその日まで、ここにある祈りはどの項目も絶望的な私の祈りだったことを今思い出します。驚くことに、神様は一気に全項目の祈りに応えてくれました。
湯浅さんを始めグレースの家の皆様の温かいひとつひとつの愛が、孤独だった母を救い、母は失われていた笑顔を取り戻したのです。道を閉ざした神様の計らい、苦難の中に神様のご計画があり、今年のクリスマスのこの日、オリーブチャペルの牧師夫妻をはじめ、皆さまのとりなしの祈りによって、母の洗礼の扉までも開かれた奇跡に、心より感謝いたします。思えば13年前、あらゆる問題をかかていた私は、家族の承諾もなく、たった一人でイエス様を信じる道を選びました。それだけに私の身勝手に見える選択は家族に対しての大きな恐れと葛藤がありました。しかしその時、思い迷う私を支えた、東京ホープチャペルの西田牧師から頂いたひとつの御言葉がありました。
それは「主イエスを信じなさい、そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(使徒16:31)というみ言葉です。「私がイエスを信じたら私の家族も救われるかもしれない」この御言葉だけを握りしめて一人洗礼をうけました。イエス様を信じてからの13年の間、その御言葉は、ある時は、儚い夢のように感じたことも度々ありましたが、神様は娘二人が救われるというプレゼントを下さり、わたしの信仰を支えてくれました。そして、13年間祈り続けてきた母の救いが今日与えられます、神様の約束は必ず叶えられるのだと、確信しております。
今日より、母は神様に守られここグレースの家で暮らしていくのですが、どうぞ母の信仰と健康が守られますように皆様の温かい励ましをこれからもよろしくお願い致します。ここに、母にかわって、ここにお集まりくださったみなさまに、今日の恵みの感謝と喜びをお伝えいたします。ありがとうございました。
(札幌 石橋真由美)