■鄭敬珍
私は7年前にイエス様を信じました。当時、日々の忙しい生活に追われていた私は燃え尽き症候群に陥っていました。「人生をリセットしたい」という気持ちで、韓国でも日本でもない、自分を知らないところでやり直そうと、社員旅行で訪れたハワイへの語学留学を決心しました。のちにアメリカ本土に行くことも見据え、規模の大きい語学学校を選びました。入学の手続きも順調に進み、これでいいのだと思っていた時、イエス様は私を呼んでくださいました。
高校の同窓会から親しくなった一人の先輩と食事をし、車で送ってもらった時のことです。なぜかその日は、先輩に自分がどれほどつらい思いをしているのかを、全部打ち明けたいという思いが与えられました。
私の話が終わると、彼女は「この問題は、人間には解決できない。ただ、イエス様に寄り頼むしかないと思うよ」と、思いにもよらない発言をしました。そして、一緒に祈ろうと言われたので、やむを得ず受け入れの祈りをしました。祈りが終わった時、先輩は「神様はすべてをご存じの方で、今のこともすべて益と変わることを信じよう」と言ってくれました。
その後、プンソンハン教会のセルにも参加するようになりましたが、最初に出した祈祷題は「無事、ハワイに行けますように」でした。そのたびに、セルリーダーから「もし、それが神様のみ心ならば何があっても行けるし、もし、そうでないなら、新しい道を備えてくださるのを期待しよう」と言われました。すると、しばらくして、留学事務所から行こうとしていたワイキキの学校が急きょ閉鎖することになったという連絡が来ました。その瞬間、私ははじめて神様のことを思い出した。その後、回復キャンプの時に日本留学への確信が与えられ、2012年法政大学大学院に入学しました。
博士課程に進学した2014年の春から、私はお台場にある東京国際交流館という国際寮に入ることになりましたが、そこはレインボーブリッジから徒歩8分のところでした。引っ越しの日に、私は何年か前のことを思い出しました。韓国のプサンで一人暮らしをしていた家の近くにも海があったのですが、そこには東京のレインボーブリッジと同じ形のガンアン大橋という橋があります。当時、海辺を散歩するたびに私は心の中で「私が見ているあの橋が、いつかはレインボーブリッジでありますように」と神様に祈っていたからです。まさか、自分が本当にレインボーブリッジの近くに住むようになるなんて、その時、すべては神様の恵みであり、自分が素晴らしいご計画の中にいることを実感しました。
今までの時間を振り返ってみると、試練や困難、辛い時も多々ありました。しかし、そのような時、先輩の車の中でイエス様に出会ったこと寒い夜、橋に向かって祈っていた時のこと、そして、数えきれないほどの恵みを思い返します。神様の導きだけを信じて日本に来たように、これからもきっと、神様の証人として未熟な私を素晴らしい道へと導いてくださることを信じます。
(鄭敬珍)