閉じる

◆主と共に生きる◆信徒の証し

NO.001   2017.07.02

■1:佐伯重子

 

東京ホープチャペルの皆様こんにちは。熊本の佐伯です。いつも皆様に祈って頂き感謝です。私は一昨年の8月に洗礼が許されました。洗礼を受けた後直ぐには実感もなく、なんとなく過ごしていたと思います。それでも毎週の日曜礼拝にはネットで参加して、西田先生のメッセージを聞くようにしていました。メッセージがなければ聖書を読んでも意味が分からなかったのです。 しかし、昨年の熊本地震で私が洗礼を許された意味が私なりに理解できた気がしました。これだったのか‼と悟らせていただき、不安は不思議と沸きませんでした。家は半壊で水も出ない状況が長く続きましたが、教会の皆さんの祈りと支援が励みで、この大変さも必ず神様が何とかしてくださる、これまでもなんとかなったという気持ちでした。お陰で仕事も頑張れました。そういう時期に、義父の肺癌が再発し介護のための山口県の下関通いがスタートしました。義父にとりなしの祈りができることに幸せを感じて看取りの介護が出来ました。そして義父は義母と私が見守るなか安らかに天に召されました。私も何も後悔ないと思えるくらいに義父の死を受け止めることができ幸でした。またその頃、妹のように仲良しの従妹の子宮頸がんがステージ4と知らされました。ショックで力が抜けてしまいました。直ぐ西田先生に祈っていただき、皆さんにも祈って頂いたことを感謝します。徐々に病状が悪化していくなか痛みも強くなり麻薬を使うことを余儀なくされ意識が混濁するようになって来ました。そんなときは賛美のCDを流してやるとや安らかな顔をしていました。CDが終わると「ねえちゃん音楽」と微かな声で催促していました。神様の癒しに感謝しながらも、私は何故私の身近な者がこんなに続けて苦しまなければならないのかと考えることも何度もありました。頭では人とは一度は死ぬ、肉体は滅びると理解できるのですが心がどうしてもついていきませんでした。何度もセルの姉妹たちに弱音を吐いたことがあります。熊本にいながらに水曜日のセルにラインのビデオ通話で、参加が許されることも大変幸いだと思います。セルの姉妹たちの心暖かい励ましや御言葉が落ちてしまいそうな私を何度も引き上げてくれました。感謝です。残念ながら病気には勝てず6月6日に大好きな夫や子どもに見守られながら旅立ちました。とても安らかだったと聞き、洗礼こそ受けることができませんでしたが、神様の所に行けたんだと確信出来ました。この2年間、色々なことが私の身に起こりましたが、不思議と絶望感が沸くことはありませんでした。神様がついていて下さるということを忘れずに日々過ごせたことは、大変幸いだと改めて感謝する今です。人生は片道切符、1秒前にも戻れません。ならば一日一日を神の御言葉を道しるべに、神様の望まれる自分になれるようにと素直に、信仰生活を送って行きたいと思います。

(佐伯重子 熊本)

 

閉じる