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NO.009  2010.1.31

「主の救いを見よう」

 

主のみ名を賛美します。
2010年がスタートし1ヶ月が経ちますが、皆様の1年の滑り出しはいかがでしょうか。神様の御手の中で全てが導かれ豊かな祝福の中を前進されますようにお祈りいたします。
今は受験シーズンの真只中です。教会員の方々の中にも,受験生の方や受験生を抱えておられる親御さんがおられてお祈りをさせていただいています。早々に推薦で入学が決まった方もおられて喜びの報告も受けはじめました。受験生にとっては大きな人生の節目と言えるでしょう。しかし、人生の節目は受験生ばかりではありません。私たちの人生にも様々な節目がやってきます。又人生の試練と思われることもやってきます。そんなときどう試練と向き合い、それらを乗り越えていくかが問われることになります。
政治の世界に目を向けますと、その試練の只中にあるのが現在の民主党政権です。民主党が政権を取って半年になろうとしています。鳴り物入りで登場した新政権ですが、今、政治資金の虚偽記載や政治資金規制法違反の疑いで大きく揺れています。すでに現職議員まで逮捕されています。国民の信任を受けてクリーンな政権として誕生したはずでしたし、また、民主党が一番変えたい事の一つが、この政治と金の問題でした。ところが、総理と幹事長という政府と党のトップがその問題で説明責任を問われています。他に優先すべき多くの内外の諸問題が山積しているにもかかわらず、又前政権の時と同じようなことが起こっているのではないかと失望感が漂い始めている感はいなめません。民主党政権が今こそ、この問題にしっかりと取り組み、その存在価値を発揮することが求められていると言えます。
私たちも同様に試練を通らされることがあります。聖書には私たちが出会う試練に対して「神は耐えられないような試練に会わせられない」とあります。耐えられる試練にしか神は会わせられないと言うことでもあります。又その試練に会わせられるということは、その試練が私たちにとって何らかの意味と目的があるということでもあります。しかし、その渦中にあると、その意味や目的を考えるほどの余裕はなく、冷静さを失い、慌ててしまったり、恐れてしまったりするものです。
では、試練に対して慌てないでしっかりと向き会うことができ、また積極的前向きに受け止めることができるようになるには、どのような心構えを持って臨めばよいのでしょうか。
出エジプト記には、400年の奴隷生活から解放され、出エジプトしたイスラエル人が様々な試練に遭遇する記事が出てきます。最初の試練はモーセに率いられてエジプトを出た直後にやってきます。モーセはその試練にどのようにして立ち向かい、人々を導いたのでしょうか。

 

恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行なわれる主の救いを見なさい。 あなたがたは、今日見るエジプト人をもはや永久に見る事は出来ない。主があなた方のために戦われる。 あなたがたは黙っていなければならない。・・・イスラエル人に前進するように言え。 (出エジプト記14:13-15)

 

喜び勇んでエジプトを出たイスラエル人は、20歳以上の成年男子だけで60万人。女性、子ども、在留異国人などを合わせると総勢200万人以上の人達ではなかったかと言われています。しかし、出エジプトでイスラエル人がいなくなった状態を見たパロの王は後悔します。彼らの生活を支えている大きな労働力である奴隷を失ったことになるからです。心変わりをした王は戦車を引き連れてイスラエル人を追いかけるのでした。 イスラエル人は紅海に面したところまで来たとき、後方からの強大な追手に気付きます。前には紅海、後ろにはエジプト軍。このような状況で人々はパニックに陥り、「自分たちはエジプトにいた方が良かった」「何で私たちをここまで連れ出したのか」と、モーセに食ってかかったのでした。身勝手な一部の民の叫びに対して、モーセは明確に宣言するのでした。ここに記されるモーセの言葉の中にある5つの動詞に注目したいと思います。

 

Ⅰ恐れるな

イスラエル人が陥っていた一番の問題点は,冷静さを失っていることでした。恐れが彼らを支配し、それによって冷静に客観的に自分たちを見る事が出来なくなっていたのです。そのために浮き足立ってしまい、何も手につかない状態に陥ってしまっていたのです。そんなときこそ、「恐れるな」という声を聞かなければなりません。
その声は聖書の言葉に他なりません。聖書は私たちに何度も何度も「恐れるな。たじろぐな。強くあれ。雄々しくあれ。うなだれるな、神を待ち望め」(ヨシュア1:6,7,9; 詩篇42:5,11)と語ってくださっているのです。それらのみ言葉を自分の心に語ることが必要です。信仰に立つ自分が、もう一人の恐れている自分に対して語るのです。告白とは原義で「同じ事を言う」という意味ですが、神の言葉を自分の心に向かって語ることで、惑い畏れている心を信仰に目覚めさせるのです。
 ハッキリとした命令口調の「恐れるな!」というモーセの言葉は人々の不安と恐れの暗雲を振り払うことのなったのです。

 

Ⅱしっかり立て。

恐れに陥ったイスラエル人は「エジプトには墓がないから連れ出したのか」とモーセに非難を浴びせました。しかし、考えてみれば、彼らは神が導かれる約束の地を目指して出発したはずですし、それに同意していたわけです。しかし、恐れはその目的さえも見えなくさせていました。
モーセは「しっかり立て」と命じます。「しっかり立て」とは第1に何の目的のために自分たちがエジプトを出たのかもう一度確認しなさい、という意味です。やみくもに荒野をさ迷っているのではないのです。約束の地を目指して歩んでいることを明確にすることで、歩む方向性を保つことが出来るのです。

また、第2に、神を信じている信仰に固く立てということでもあります。目に見える現実は刻々と変化を致します。現実を見て自分の状況を判断していたのでは、いつも定りのない生き方しかできません。現実に過剰反応をするあまり、自分が何処に立っているのかが解らなくなってしまうのです。神を信じていると言うことを明確にすることです。神により頼んで歩んでいることを心に刻むことです。自分は神を信じる信仰の価値観で歩んでいることをハッキリさせるのです。そのとき、見えなくなっていた神の道が見えてくるようになるのです。

 

Ⅲ主の救いを見よ。

モーセはきょう、あなたがたのために行なわれる主の救いを見なさい。」と語ります。イスラエルの人たちが見ていたのは、現実に見えるエジプト軍でした。目の前には紅海の海です。どちらも大きな障害です。自分たちが見ているもので彼らの意識は支配されていたのです。モーセは「主の救いを見よ」と言いました。見るべきものは主のなされる救いです。どのような救いか彼らには想像も出来なかったかも知れません。しかし、現実にみ業が起こる前に、その救いの業を見ることが神への信仰であり、勝利の手がかりとなるのです。
そのような主のみ業は聖書に溢れるほど出てきます。その聖書の記事を単なる物語として読むのではなく、私たちの生活に具体的に起こるものとして見る事が出来たら、また主のみ業をはっきりとイメージすることができたなら、確信がくるのです。信仰とは「見ること」である。と言った牧師先生がおられましたが、まさにそのことを言われているのだと思います。あなたの上に主の御手があります。あなたのためになされる神の救いを見続けるものとなりましょう。

 

Ⅳ 黙っていなければならない。
私たちの語る言葉は影響力があります。言葉は力です。イスラエルの一部の人達のつぶやきは民全体に悪い影響を与えつつありました。不安を助長し、恐れを増幅し、不信仰と消極的な思いが支配しようとしていたのです。私たちはどのような言葉を日々語っているでしょうか。不平や不満を口にしていないでしょうか。一方で神を賛美し祈りながら、もう一方では消極的な言葉を口にしているとするなら、神の祝福を閉ざしてしまうことになりかねません。むしろ黙して神に祈る。ただ黙って主を見上げる。モーセの沈黙命令は彼らを不信仰から守るために必要なことだったのです。


Ⅴ 前進せよ。
今まで述べたモーセの指導に加えて、主なる神自ら、モーセに命じられたことがありました。それは「前進するように」、ということでした。前進するとは「信仰によって一歩踏み出せ」と言うことです。目の前は紅海です。前進できないではないかと考えがちです。でもそれでも一歩踏み出すのです。神が言われたようにモーセは人々に踏み出すように命じ、自らの杖を掲げて海に差し出しました。そのとき、紅海は真二つに別れて両側で壁となり、渇いた地が現れてイスラエル人は前進することが出来たのです。
問題が解決し、全てが整えられたら前進できるのではありません。私たちの人生には問題を抱え、未だ先が見えないというようなことがあります。でも、祈りを先行させたり、自分たちで出来る事をやり始めたり、とにかく「前進できることを前進させる」ことが求められるのです。時には未だ完全に問題が解決しないと言うこともあるかも知れません。しかし、神が示してくださる方向を目指して、意識的に動き始めるときに、神の御手が動き始めることをしばしば体験することが出来るのです。
この1年、とにかく前進してまいりましょう。色々な出来事の中でも、あなたが前進できることにチャレンジしてみてください。そこから新しい不思議なことが起こってくると信じます。
いつも兄弟姉妹のお祈りに感謝をいたします。この1年愛する兄弟姉妹と前進できますことを心から感謝いたします。主が様々な御業を各地で現わしてくださることを祈っています。昨年から始めました教会のホームページでの動画配信ですが、好評を得ているようで感謝です。いつでも礼拝メッセージが聞けるようになりましたので、是非1度ご覧になってください。更新は大体水曜日にされます。
また、DVDで礼拝の模様を見る事が出来るようにもなりましたので、自宅でDVDで礼拝したいと願っておられる方はご連絡ください。実費でお送りいたします。詳細はお問い合わせください。

神様の圧倒的な祝福が兄弟姉妹の上にありますように。祈りに答えてくださる主に心より感謝しつつ。

 

キリストのしもべ       西田育生

2010年1月1日 元旦礼拝

 

1月31日 新春特別礼拝 本郷台キリスト教会の 月井博先生を招いて

 
     
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