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NO.009   2009.01.18

 ■「私の宣教」        T・T

 

 昨日、アメリカで大学アメリカンフットボールの 1 位を決める試合が行われました。私と妻が留学していたフロリダ大学が出場していたので例年以上に関心がありました。そしてフロリダ大学が勝ちました。クウォーターバックという野球で言うピッチャーのような注目されるポジションの選手は昨年、年間最優秀選手を初めて2年生で獲得した大変、優秀な選手です。名前を Tim Tebow( ティム・ティーボウ ) と言います。(イニシャルは私と同じです。)その選手が試合中に目の下に貼るシールに左に『 John 』、右に『3:16』と書いていたのです。全米はもとより世界に中継される試合で自分の顔に『John 3:16』と書く事の意味に深く感銘しました。

 そして、その試合を録画していた昔のアメフトのコーチ仲間が「スポーツバーで観ませんか?」と連絡をしてきました。私は夜も遅かったですし、疲れていたので行く事を少し考えましたが(これは、 John 3:16を伝えるチャンスかも・・・)と思い、冷たい雨の降る中、新宿に向かいました。試合を観ていると何度も その選手の顔がアップになりますが、一緒に観ていた仲間達には気にTebow ④.jpgならないようでした。試合も終盤に近づき、終電の時間も近づいてきたので焦りました。
仕方なく私から何気なく
「おぉ、ジョンスリー シックスティーンかぁ。」
と言うと、一緒に観ていた仲間の一人が、
「どういう意味なんすか?気になってたんですよ。」
と質問してきました。
そこで私は、妻と一緒に学んでいる西田先生との勉強会で教わった通りに
「あれは、聖書の中の Tebow ⑥.jpg『ヨハネの福音書』の3章16節で『小聖書』と呼ばれている部分であの分厚い聖書をこの一部分に凝縮されたと言えるもので、『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに・・・』って書いてある。」
と説明しました。
すると彼は
「要するにめちゃめちゃ敬虔なクリスチャンなんですね。」

と言うので、
「そう。」
と答えました。
「で、救われるんですか?」
と聞くので
「うん、救われる。」
と私は答えました。
 私がクリスチャンである事を彼らは知りませんが、何故か言わない方が彼らが私の話を聞いてくれると言う思いがあったので、言わずに話しました。

また一緒に来ていた大学のアメフト部でマネージャーの女の子に最近彼氏が出来たと言う話になり、その彼氏が創価大学アメフト部の選手なのですが、彼女も創価学会に入らないといけないのかと悩んでいるそうです。私がクリスチャンと言っていたなら、その相談はされなかったのではと思います。私はその質問に対し「そーかー。」とだけ答えておきました。周りの仲間は「やっぱり、『そーかー』なんですね?」と言ってました。帰りは余裕を持って終電で帰ることが出来たのも、聖霊様が成してくれた御業と感謝しました。そしてその帰り道、(私もこの選手のように主に用いられる存在になりたい。)と強く思いました。アーメン。

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