閉じる

NO.897 2025.10.26

「神を知る」

 

「主は地の果てまでも戦いをやめさせ、弓をへし折り、槍を断ち切り、戦車を火で焼かれた。『やめよ。 わたしこそ神であることを知れ。わたしは国々の間であがめられ、地の上であがめられる。』」  (詩篇46篇9節~10節)

 

イラクで拉致監禁され、人質となっていた三人に続いて行方不明になっていたジャーナリスト二人も相次いで解放されました。これで全員解放された事になります。家族の人たちにとってはもちろん、日本中の人たちは一応に安堵いたしました。拉致されていた人たちの言動や家族の人たちに対して批判の声が出てはいますが、命の重さには変えられませんし、解放されたが故の反応ともいえるでしょう。とにもかくにも解放されたがゆえに、彼らにとってそれは大きな喜びの日となりました。
でも同時に、イラクの平和の為に祈りを消してはなりません。まだ、混乱の続くイラクでは連日多くのイラク人たちが尊い命を失っています。争いが終焉し、イラク人のイラク人のための統治が行なわれるように。そのために国連主導による混乱の収拾と主権委譲が行なわれ真の平和が訪れるように。キリスト教系のNGOも沢山活動していると思われますが、彼らの安全とその働きを通しての福音の伝播を続けて祈りましょう。

しかし、争いや混乱はイラクだけではありません。私たち自身のかかわりの中で、また私たちの内側でも起きています。先日も礼拝中に緊急の電話を頂きました。出張のために出かけねばならず、しもべ会の兄弟たちに訪問していただきました。その訪問により、不安の中にいた方は平安を取り戻す事が出来ました。後日、教会にお礼に来られ、そのなんともいえない大きな喜びを伝えてくださいました。本当にハレルヤです!
私たちの心に不安をもたらし混乱に陥れる事態はしばしば起こります。家庭の問題、人間関係、仕事、病気、生きることへの不安等。枚挙にいとまがありません。今あなたの心には平安はあるでしょうか。
詩篇の著者は「やめよ。わたしこそ神であることを知れ。」と私たちに語りかけます。争いがなくなり、平安が訪れるためには「神こそ我らの神であることを知る」ことが求められているのです。すなわち神が全てをコントロールされ支配しておられる。このお方の主権の元に自らの人生を委ね、この神の御心に生きるなら、争いや不安から解放され真の平和が確立されるのです。
神学者ヒルティは「寝床につくときに翌朝起きることを楽しみにしている人は幸福である。」と言いましたが、神に明日を委ね、最善を信じて寝床につくことのできる人は幸いな人なのです。今日も私たちの神が私たちを見守り導いておられることを信じましょう。このお方のみ心をしっかりと探る礼拝といたしましょう。
(プレイバック週報 2004年4月18日「牧師館より」 西田育生師)

閉じる