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NO.686  2021.10.10

「主の時を意識しよう」

 

神は言われます。「恵みの時に、わたしはあなたに答え、救いの日に、あなたを助ける。」見よ、今は恵みの時、今は救いの日です。(Ⅱコリント人への手紙6:2)

 

先週4日の月曜日、京都在住の三名の兄弟姉妹が洗礼の恵みにあずかられました。お一人は長谷川洋子姉妹のお父様の清一さんです。もうお一人は洋子姉妹の妹さんの本嶋昌子さん。三人目は洋子姉妹のご友人の西村節子さんです。
三人とも、長谷川洋子姉妹がずっと祈られ、導いてこられた方々です。お父様は、90歳になられますが、体調を崩され入院されていましたが、ちょうど退院をされ自宅での療養が始まったところでしたので、このタイミングで洗礼をと願われ実現いたしました。それに合わせて、妹さんも一緒に洗礼を受けるように導かれました。ずっと洋子姉妹が、祈り、教会や婦人ランチョンに誘って参加されていました。とても素直にイエス様を受け入れる祈りをされ、受洗に至ったのです。西村節子姉妹も、体調がすぐれないときが多かったのですが、ちょうど京都にお父様と妹さんの洗礼に伺うということになったとき、ぜひ自分も信仰告白をして洗礼にあずかりたいと、病院診察日でしたが、そこからタクシーで駆けつけてくださり、ともに洗礼の恵みにあずかってくださいました。
三人が一緒に洗礼に預かるというタイミングはこのタイミングでしかなかったように思います。お父様も体調によっていつどうなるかわからない状況でしたし、妹さんもお父様の介護をされながら、神様に渇き近づいておられました。西村姉妹も何度か洗礼を受けるチャンスはあったのですが、うまく調整ができていませんでした。 しかし、あきらめず祈っていた洋子姉妹の祈りと信仰により、今回はすべてが整えられて、三人が一緒に洗礼の恵みに預かることができたのは本当に神様の導き以外の何物でもありません。
私たちには様々なチャンスや機会が巡ってきます。しかししばしばそのチャンスを逃したり、とらえきれなかったりすることがあるのです。神様のタイミングを失わないためには、いつでも神様の時は来ているという認識をもって期待し、待ち望み続けることです。まだまだと言っていると、その機会を逃してしまいます。
たとえ、そのようなタイミングではなかったとしても、その時がいつ来てもよいように祈り備えておくことが大切なのです。目を覚まして、祈り続けていくなら、神様は私たちを導いてくださいます。
神様は「恵みの時に、わたしはあなたに答え、救いの日に、あなたを助ける。」見よ、今は恵みの時、今は救いの日です。」と語っておられます。神様が働かれるとき、それは今なのです。今主は働いておられると信じて応答して生きるとき、神様のタイミングに合わせることができるのです。
サーフィンをするサーファーは良い波をとらえることが大きな目標です。大きな波が来たことを確認して岸からサーフボードで出て行ってももう遅いのです。サーファーは大きな波を求めて沖に漕ぎ出し、次か次かとタイミングを測りながら、波に向かっていくのです。その中でいい波そうでない波の見極めができてくるのです。私たちも、日々神様の時をとらえるように、祈り備えていこうではありませんか。神の時はもう来ているのです。

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