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NO.674  2021.07.18

「キリストの愛を土台として」

 

主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。
(Ⅱコリント13:13)

 

 乳牛に音楽を聞かせると、牛はリラックスしてお乳をたくさん出すようになるということで、リラックス効果のある音楽を聞かせる農家もあるようです。
先日、私が通っているクリニックの看護師さんが農業高校に通っていた時の実験を話して聞かせてくれました。その実験はネズミを二つのグループに分け、一つのグループには ただ単にゲージ入れて餌をやるだけにします。もう一つのグループは餌を与えるだけでなく、一日に何度も笑顔で優しくネズミに語り掛けて飼育したそうです。すると、笑顔で声掛けをしながら接したグループのネズミはとても元気で、活発に活動したそうです。しかし、もう一方の餌をやるだけのグループは動きも鈍く、結局寿命が早くつきたそうです。 しかも、病気をしたネズミを同じように笑顔で優しく世話をすると、エサを食べなかったネズミが食べれるようになり、元気になったそうです。
さらに、同様な実験をクラスの別のグループは農作物に対しても行ったそうですが、ネズミの時と同じように、笑顔で語り掛けながら育てた作物の方は生育が良く、おいしい野菜ができたのだそうです。そのお話を聞きながら、人間だけでなく、生きるすべての動植物は、絶えず優しく接し、良い関係を持つ環境を欲していることがわかります。
私たちもキリストとの豊かな交わりを絶やさないようにしたいものです。人生の土台を今日の聖書の言葉のように、「キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わり」に置くことが大切です。人生の豊かさはキリストとの豊かな交わりに比例してくるといえます。
日々キリストとの交わりを楽しみ喜びといたしましょう。そこから生きることの喜びや楽しみが与えられていくのです。信仰を決して、義務感や責任感だけで受け止めないようにいたしましょう。教会生活も、「教会に行かなければ、何か責められる。とにかく姿だけは現しておこう」という思いで教会に通うのと、「教会の礼拝に参加して兄弟姉妹と共に主を賛美し、主を喜び礼拝をしよう。教会に行くことは自分取って喜びだ。」そのような喜びと期待で教会に来るのとでは、同じ教会生活でも大きな違いがあります。
愛する兄弟姉妹は神様との交わりを喜び楽しんでおられますか。キリストの救いの喜びで満たされていますか。聖霊の力をいただいておられますか。このような命と力を神様からいただいていると、日々の戦いにつかれたり、燃え尽きたりするところから守られます。
わたくしも病気との闘いがあり、体の弱さを覚えますが、しかし心は聖霊の喜びで満たされています。イエス様との交わりは何にも代えがたく私にとっては大きな活力となっています。
このコロナ禍で、多くの人々が心や体が疲弊しています。しかし、主を待ち望むあなたの上には新たな力が与えられ、鷲のように翼をかって上ることができるようになるのです。今日の礼拝でそのような聖霊の力をいただいてまいりましょう。

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