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NO.669  2021.06.13

「どちらの流れの中にいますか?」

 

こういうわけで、私たちは聞いたことを、ますますしっかりと心に留め、押し流されないようにしなければなりません。(ヘブル人への手紙2:1)

 

先日、アメリカテキサス州のダム湖で4人が乗ったボートがダム底に転落するすんでのところで、救出されたというニュースがありました。レスキュー隊が通報を受けて駆け付け、ロープを渡して、急な水流に逆らって文字通り、死の淵からの救出となったのでした。ボートの舳先はダムの淵から
前に出ていて、少しでもレスキュー隊の到着が遅れたならば、何十メートルもの
そこに激突し命はなかったことでしょう。なぜ、このようになったかの理由は言われてはいませんでしたが、ボートに乗っていた若者たちも、このまま流されたなら
危険であるということは認識していたに違いありません。しかし、まだ大丈夫と思って高をくくっていたか、もしくは、ダムの表面は穏やかで、流れているという感覚がなかったのかもしれません。しかし、気づいた時にはもう死の淵にまで来ていたということになります。
わたくしもかつて、カヌーで川下りを三日かけてしたことがありました。初めてのカヌーで手ほどきを受けてスタートしたのですが、川の深さや岩の位置によって急に流れが速くなってしまうのです。段々慣れてきた頃が一番危ないことを学びました。最初は慎重だったのですが、慣れると今度も大丈夫と思ってオールの
裁くのが遅れてしまい、転覆してしまったのです。幸い、それほど深くなかったので、けがはなかったのですが、荷物も全部びしょ濡れになってしまいました。
私たちの人生も良き流れに乗れるといいのですが、悪い流れに入ってしまうとなかなかそこから出ることができないということはないでしょうか。もがけばもがくほどますます流れに飲み込まれてしまうことになって出られないということになりかねません。また悪い流れに入っているということに気づけばいいのですが、なかなか築かないということも起こってくるのです。
聖書は私たちにこういうわけで、私たちは聞いたことを、ますますしっかりと心に留め、押し流されないようにしなければなりません。」と語っています。私たちは神様のみことばを受け取っているでしょうか。自分に当てはめて自分自身を吟味しているでしょうか。自分の日々との生活の中で変えなければならないライフスタイルはないでしょうか。時にはやめなければならないと思っている悪習慣から離れられないということはないでしょうか。今まで何もなかったから大丈夫と思っていると、ダム湖のボート状態になっているかもしれません。今日神様の御声を聞いたら、それに応答することを選択しましょう。たとえ最初はうまくいかなくても大丈夫です。レスキュー隊である聖霊様の働きがあります。助けの手が伸びてきます。今日もみことがによって歩んでまいりましょう。

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