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NO.595  2020.01.12

「すべてを福音のために」

 

そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。 (ローマ5:3~4)

 

人生には様々な節目があります。新年もその一つでしょう。さらに、入学、卒業、就職、結婚、誕生。様々な記念日も節目です。うれしいことばかりではありません。辛いことや悲しいことも節目となります。災害、病気、離婚、解雇、退職、死別などの様々な別れ。今、節目を迎えていると思われている人も多いのではないでしょうか。
 以前、「竹はなぜ節目を持っているのか」という研究を山梨大学などの研究チームが発表したことがありました。
 竹は中身が空洞で、ところどころに節を持つことが知られていますが、多くの植物の中で竹だけがこうした特徴を有しているのだそうです。研究チームは、野外調査で得た測定データと、構造力学理論に基づく数理解析を活用して調査を行った結果、互いに隣り合う節と節の間隔が、ある一定のルールに従うよう絶妙に調節されており、結果として、野生の竹が「軽さ」と「強さ」を併せ持つ理想的な構造を「自律的に」形成していることを突き止めたとしています。(マイナビニュースより)
 竹の節目は、竹に「軽さ」と「強さ」を与えているということだそうです。竹は一年で10メートルにも早く成長しますが、中が空洞なのでそれが可能なのです。しかしその軽さゆえのもろさを補うために絶妙な間隔で節目があるということです。この節目が竹に強度を与え、強さとしかも軽さ、そして柔軟さをもたらしているということです。今でも、東南アジアに行けば竹が建築の際の足場として用いられています。
 人生の歩みの中でも、できたら避けた試練や困難もあるかもしれません。この一年、平穏で安心して過ごしたいと願うのは私ばかりではないでしょう。しかし、たとえ、様々な試練が起こってきても、それらをしっかりと受け止め、その中でキリストを見上げて祈りながら前進していくとき、それらは私たちの人生に強度を与え、さらに次に成長するための軽さと柔軟さを与える「節目」となるのです。
 もし節目がなかったなら、強風や嵐が来れば簡単に折れてしまうでしょう。しかし、パウロが患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。」と言っているように、患難を通して「忍耐」という節目が養われ「練られた品性」が生み出され、「きぼう」が生み出されるのです。
 今、もし、様々な試練の中にあるなら、あなたを強くする節目が形成されていると理解してください。そしてその節目を通して、あなたは忍耐と練られた品性が培われ、風にたなびきながらしなやかに、それでいて力強く立っている竹のように、希望に溢れて立つことができるのです。そうです。あなたは神の絶妙な配剤で形成された節目によって力強く伸びている青竹のようなキリスト者なのです。   

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