閉じる

NO.592  2019.12.22

「喜びの知らせ」

 

今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。(ルカの福音書2:10b)

 

メリークリスマス!イエスキリストの誕生を心からお祝いいたします。
その名の通り「クリスマス」とはキリストの祭りという意味です。ですから、クリスチャンでない人も何かしらお祝い気分になっています。それぞれの国でクリスマスの祝い方がありますが、日本ではケーキを食べるのが定番でしょう。アメリカは開拓時代の名残で、感謝祭と合わせて七面鳥をよく食べます。
また、24日、25日は教会に出かけて夜礼拝をささげる人たちが大勢います。日本でも多くの人たちがクリスマスの季節には是非教会に出かけてほしいものです。クリスマスはキリスト誕生の意味を伝えるチャンスですし、教会にお誘いする絶好の機会です。クリスチャンも、そうでない人も、主を見上げる人たち全てに、神様の祝福が豊かに注がれますようにと心からお祈りをいたします。
最初のクリスマスをお祝いしたのは、マリヤやヨセフの家族以外ではごく僅かな人たちでした。東方から来た博士たちと羊飼いたちくらいでしょうか。東方の博士たちは星に導かれてユダヤの王を探し求めてはるばるやってきた人たちですし、知識人たちでした。
しかし、羊飼いたちはその真逆で、当時行われていた人口調査のための住民登録にも無縁の人たちで、人の数にも入らない人たちだったのです。しかし、救い主誕生の喜びの知らせは、人が考えるような重要人物や王にもたらされたのではなく、実にこの羊飼いたちに最初にもたらされたのです。
羊飼いたちにとってみれば、どれほどの驚きだったでしょうか。自分たちにどうして知らされたのか、想像もできなかったに違いありません。しかし、同時にこの御使いの知らせは彼らにとっては望外な喜びだったことでしょう。天の軍勢まで現れて、「いと高きところに、栄光が神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」と賛美したのですから、一躍自分たちがその光のスポットの中に入ったような夢心地になったのではないでしょうか。
彼らこそ神の「御心にかなう人々」でした。貧しい生活を強いられていたかもしれませんが、彼らは羊を見守り、野宿をしながら、夜番をしていたのです。人の生活をうらやましがったり、自分たちが羊飼いに生まれたことを嘆いたり、つぶやいたりしなかったのです。じっと羊の番をしながら、目覚めた生活をしていました。今日も仕事があり、羊の番をすることができることを感謝していたに違いありません。ですから、み使いたちの知らせをそのまま素直に信じて救い主に会いに出かけたのです。
「自分の足で歩ける、おいしく物を食べられる、痛みを感じずに眠れる。病気になると、それだけでも十分に幸せだと気づきます。人間の最大の不幸は、自分が幸せだと気づかないことです。」
(「心の深呼吸」より 片柳弘史著)
傾聴に値する言葉です。神様と共に生かされている私たちは幸せな者にされているのです。私たちも、今日、神様に生かされ、救い主誕生の知らせを受け取るクリスマスを迎えられることを感謝しようではありませんか。あなたにこそ喜びの知らせは届けられているのです。

閉じる