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NO.586  2019.11.10

「強力な証し」

 

女は、自分の水がめを置いて町へ行き、人々に言った。「来て、見てください。私のしたこと全部を私に言った人がいるのです。この方がキリストなのでしょうか。」(ヨハネの福音書4:28-29)

 

先日、キムソンゴン牧師先生が、福島での日本祝祭の前に、当教会を訪ねてくださったことはご存知のことと思います。セルリーダーや参加くださった兄弟姉妹との交わりは本当に祝福に満ちたものでした。
質疑応答の時間に、日本のリバイバルのために私たちができること、それは「証しすること」ですと改めて強調されました。当たり前と言えば当たり前ですが、キム先生が言われたので、皆新鮮にそのチャレンジを受け取り、証しの重要性を再認識いたしました。
聖書は様々な証しで満ちています。そして人々はその証しを聞いてキリストのもとに来たのです。中にはそれは大きな噂となって人々に広がっていました。イエスが来られた時には、皆がイエスに近づこうとしたのです。中には野次馬的な人もいれば、物見遊山な人もいたでしょう。しかし、何とか救ってもらいたい、助けてもらいたいといった人も大勢いて、とにかく人々が証と噂を聞いて集まってきたのです。
イエスに出会い救われた人は沢山います。その中でもサマリヤの女性の変化は驚くべきものでした。結婚と離婚とを繰り返していた彼女は人生に疲れていました。人々からは白い目で見られ、誰も水を汲みに来ない午後の時間にヤコブの井戸に水を汲みに来たのです。イエスはそこで待っておられ、彼女に水を求められて、会話が始まりました。
イエスはサマリヤの女性の心が渇いておられるのを知っておられて、「わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」(ヨハネ4:12)と言われるのでした。このイエスの言葉に彼女はイエスの下さる生ける水をいただきたいと切望したのです。しかも、自分の過去を全部知っておられるイエスに彼女の心は開かれて行くのでした。
イエスを信じた彼女は、水瓶を置いて大急ぎで町に引き返し、「来て、見てください。私のしたこと全部を私に言った人がいるのです。この方がキリストなのでしょうか。」と興奮冷めやらぬ状態で人々に大声で叫んだのでした。その声を聞いて大勢の人が続々とイエスの元に来、イエスを信じたと聖書は証言しています。
あなたにはあなたの証しがあります。それは固有のもので同じ証しは他にはないのです。その証しはユニークであり、事実であり、人々に対して大きな説得力があるのです。キリスト教の教理を伝えることはありません。この女性のように「来て、見てください。」「私のしたこと全部を私に行った人がいるのです。」この言葉ほど人々を説得する力あるものはありませんでした。
どうかあなたの救いの証しを確認してください。どれほど尊い救いや恵みをいただいているか。その素晴らしい恵みの火を消さないでください。あなたの証しこそ人々にインパクトを与える力なのです。

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