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NO.579  2019.09.22

「福音は届いていますか」

 

キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。(ピリピ2:6-7)

 

病院に入院中に、私についてくださった二人の準看護学生さんにリハビリ歩行をしながら、証しができたことは本当に恵みの時でした。
患者から物を受け取ることはできないということで、聖書を渡そうと思いましたが、それがかないませんでした(結局最後には指導看護師教官から受け取っていただきました)。しかし、一緒に歩いたり、検温や血圧を測ってくださる中で、少しづつ、牧師になったいきさつや、聖書に出会って人生が変わったこと。人生の生きがいに出会えて本当に感謝だということ。カトリックとプロテスタントの違い。ちょっとしたキリスト教史の解説。ご本人たちの疑問や質問に答えながら、関係作りができたことは私にとっても、もう一度福音を伝えることに対する考え方を再考させていただきました。
福音が私たちの周りに届いているだろうかということを互いに考えたいと思います。何か方法やノウハウ、技術でできるものではありません。もちろん基本的なことを理解したり、伝える伝え方を学ぶことは大変有益です。しかしその前に、私たちは、イエス様が福音を伝えられたことから、どのように福音を届けたらよいのかをもう一度考えてみたいと思います。
先ず第一に、イエス様は私たちを愛されたということをしっかりと心に留めましょう。「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」(Ⅰヨハ 4:10)とあるように、私たちを愛してくださったのです。その愛の実行が、神であられたのに、私たちと同じようになられ、仕える者となってくださいました。そして最後には私たちの罪の身代わりとなって死んでくださったのです。イエス様は私たちを愛されたのです。
第二にイエス様は人となられて、私たちの友となってくださいました。説教をしたり、上から目線で、悔い改めを解かれたのではありません。ザアカイの家に泊まると言われたり、サマリヤの女性には水を飲むことお願いされたり、一人一人の目線に立って、語ってくださったのです。この姿勢を私たちも見習いたいと心から願います。
第三に共感力です。イエス様の共感力は本当に素晴らしいです。イエス様についてくる人たちを心が裂けるほどの思いで憐れまれました。ラザロが死んだとき、イエスは涙を流されました。喜ぶものと共に喜び、泣く者と共に泣かれたのがイエス様です。ですから、イエス様に対して人々は心を開いていったのです。
あなたの周りの人たちにに対して、あなたの愛を届けてください。友となってください。共感してください。一緒にお食事をしたり、時間を共有することで、人との関係は深くなっていくのです。現代ほど、人と人との関係が希薄になっている時代はありません。あなたの周りの人に共を見つけてください。そして祈り始めてください。福音が届けられるために。

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