「満ち溢れる神の臨在」
教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。 (エペソ1:23)

8月15日(木)、16日(金)の二日間、滋賀県長浜市にあるホテル&リゾート長浜において私たちの属する日本福音宣教会の全国聖会が開催されました。台風10号がちょうど接近するただ中での聖会でした。私たちは15日の早朝に出発いたしましたが、ちょうど台風に向かっての移動でした。
山陽新幹線は始発より全面運休となっていましたし、東海道新幹線も私たちが出発した一時間後には間引き運転をする状態でしたが、無事に到着することができました。
全国聖会ですから、名古屋、大阪、神戸、九州福岡や高知、松山、広島からの参加者も多数おられました。その方々も、前日出発に切り替えたり、祈りながら暴風雨の前をバスで走りながらの移動でした。
しかし、自然界を支配しておられる主は、すべての人たちを無事に送ってくださり、台風というチャレンジを乗り越えて参加した者たちにとって、参加し甲斐のある素晴らしい二日間の聖会となりました。
今回の全国聖会は「成し遂げよう!神の力で‼」というテーマで、主題の聖書のみ言葉は「『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって』と万軍の主は仰せられる。大いなる山よ。・・・平地となれ。」(ゼカリヤ4:6-7)でした。このテーマのもと、講師の天野弘昌先生の語られるメッセージは、参加者一人一人にとって必要でまたチャレンジとなる素晴らしい油注ぎを受けたみ言葉でした。
わたくしにとりましても、新たな神様への信仰を改めて持つ機会となりました。その一つを分かち合うとするなら、冒頭のみ言葉のように私たちの教会は「いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところ」だということです。だからこそ「教会はキリストのからだ」なのです。
もちろん、聖書のみ言葉にあるのだから、そうだろうという理解するのは当然です。しかし、頭で、知識で理解するのと、実際に現実のリアリティーとして、身をもって体験し、この聖書の言葉を受け止めるのとでは雲泥の差があるのです。
私たちの教会に神の臨在が満ち溢れている。そういう感覚で教会を改めてとらえたいと思います。教会の礼拝に参加する時、交わるとき、祈るとき、奉仕をするとき、そこに満ち満ちておられるイエスキリストを体験するのです。主の臨在が教会に満ち溢れ、祈る時、神の御業が現わされ、癒しが起こり、人々が生きておられるキリストに出会うのです。主を畏れ敬う思いが教会に満ち溢れる。人々がキリストがここにおられる、そう告白する。
もしそのような教会があったらとしたらどうでしょう。そのような教会に人々は行きたいと願わないでしょうか。人々が求めるのは主ご自身だけ。自分たちの肉の願望や欲求は二次的なものになり、主だけを見上げ、主だけを求める。そこには人の方策や計画をはるかに超えた神のみこころが実現していく。聖霊主導の教会。そのような教会を飢え渇いて求めたいと願わされます。
主イエス様ご自身を求めましょう。自分たちの弱さを告白しながら、聖霊に飢え渇いて、私たち自身キリストに明け渡そうではありませんか。空っぽの器となるとき、神はあなたを満たしてくださるのです。