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NO.569  2019.07.14

「祈りは答えられる」

 

まして神は、夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきをつけないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。(ルカ18:7)

 

アリゾナ州フェニックスにある教会が、その町に住む160人を電話帳から無作為にリストアップしました。そうして、その内、半分の80人のために90日間祈る。残りの80人には何もしないことにしました。
そして90日後に「私たちは教会の者ですが、あなたのお宅を訪問をして、あなたの抱えている様々な課題について、ご一緒に祈らせていただけませんか。もしよかったら伺いますが」と160人全員に電話をかけて尋ねたのです。すると、その結果は本当に驚くべきものでした。
90日間祈った80人は80人の内69人が「お願いします」と言い、しかも、その69人の内45人は家の中に招きいれてくれ、お茶を出してもてなし、しばらくの間話をしてくれたのだそうです。一方、祈らなかった80人の内、来てくださいと言ったのはたった一人だったのです。この話は「祈りの力を発見した教会」として有名になりました。(Facebookより)
私たちは祈りの力をどれだけ認識しているでしょうか。わたしたちは、気休めで祈っているのではないのです。このエピソードからもわかるように、祈りは確実に答えられるのです。祈り続けていた人たちは、心開かれ、教会員の人たちを招き入れてくれました。招き入れた人たちとそうでない人たちの違いは、祈られていたかどうかだけでした。しかしその祈りの力が大きな違いを生み出したのです。
イエスも、祈りの重要性を語られました。いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるためにたとえを話されました。ある町に、神を恐れず、人を人とも思わない最悪の裁判官がいました。また、そこにお金もなければ、だれからも見向きもされないやもめ女がいたのです。何かトラブルを抱えていたのでしょう。彼女の側に立って弁護してくれる人はいませんでした。彼女はこの裁判官に頼る以外にありませんでした。彼女は、必死に、しつこく、あきらめないで裁判官が嫌になるほど通い続けたのです。
やがて、裁判官は「このやもめは、うるさくてしかたがないから、この女のために裁判をしてやることにしよう。」そう言って彼女の言うことを聞いてくれたというのです。イエスはまして神は、夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきをつけないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。あなた方に言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをしてくださいます。」と語ってくださったのです。
私たちは、今も生きて働いておられる神様に祈っていることを再認識いたしましょう。神様は無為に私たちの祈りをただ聞いておられるのではありません。私たちの訴えを聞き、最善の時に、最善の方法で答えてくださるのです。ですから失望しないで、神様に期待して祈り続けることが肝要です。
あなたが神様を紹介したいと願っている人がおられるでしょう。その方々に声をかける前に、先ず祈りましょう。朝晩の祈りの時に、名前を挙げ、心開かれるように。教会に導かれるように。祈りを受けてくれるように祈り続けようではありませんか。それから声をかけるとするなら、その結果は驚くべきものとなるはずです。神はあなたに友人や家族のために祈り続けることを求めておられるのです。とにかく祈ろうではありませんか。

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