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NO.564  2019.06.09

「天国の喜びに生きる」

 

なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。(ローマ14:17)

 

先週一週間、様々な方々との出会いがありました。神様がその交わりを祝福してくださり、お二人の方がイエス様を受け入れられました。祈りの中で、自分の内にあるものをイエス様に告白して手放し、イエス様に触れられ解放される姿に、わたくしも深く感動いたしました。
祈りの後、訪れた心の平安と喜びを分かち合ってくださいましたが、本当に私自身も熱いものがこみあげてくるのを覚えました。神様が願っておられるのはまさにこのことだと改めて思ったのです。
イエス様が願っておられるのは、私たちが悩みや苦しみから解放されることだけではありません。私たちを天国の恵みの中に招き入れ、イエス様と一緒に喜び、平和を体験し、神様のみこころに生きていくことを願っておられるのです。
ところがややもすると私たちは問題や悩みに目を向けるあまり、それらからの解放を願います。もちろんそれは大切なことですが、しかしそれは始まりに過ぎません。神様は私たちにさらに大きな恵みと祝福を備えておられるのです。
それは私たちが、天国人として喜び生きることです。そしてそれは大きなインパクトをこの世の中にもたらします。クリスチャンはこの世からかけ離れて世捨て人のように生きるのではありません。またこの世から逃れて小さく生きていくのではありません。それとは反対です。この世の中で、力強く、魅力ある存在となって輝いて生きるのがキリスト者なのです。
聖書は私たちのことをどのように言っているでしょうか。しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。」(Ⅰペテロ 2:9)このみ言葉の中に私たちのアイデンティティーが記されています。
第一に私たちは選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民」という自己認識を培うことが特に大切です。私たちは神に選ばれたのです。神の所有の民なのです。しかも、神の聖なる国民であり、王としての祭司の役割(祭司とは神と民の間に立ってとりなす人)を担っているのです。このみ言葉の意味を深く味わいたいと思います。今までの自分に対する評価でこのみ言葉を受け止めようとすると大きなギャップを覚えるかもしれません。しかし、神様がこのように言われ宣言しておられるのです。神様は私たちに歩むべき道を示し、ガイドし、助けてくださいます。まずこのことを喜び、神の御愛に感謝を捧げましょう。
第二にこれらの自己認識はどのような形で現わされ、また強められるのでしょうか。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。」とあるように、私たちの人々への証を通してなされるのです。嬉しいことや感動した体験は誰かに伝えたいものです。喜びは分かち合うと更に倍増します。そのようにして天国の喜びは伝播していくのです。あなたもその一人として召されていることを覚えてください。この日も神様の愛と喜びと平和とを豊かに享受しようではありませんか。そして聖霊によってあふれる喜びで歩んでまいりましょう。

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