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NO.560  2019.05.12

「心の核を強めよう」

 

「実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。」(エペソ2:10)

 

長い連休が終わり、通常の生活が始まっていますが、なかなか普段の生活に戻り切れない人も多いのではないでしょうか。「5月病」ということばがあるように、新社会人や学生にとっては新しい環境になじめず、緊張が続いたり、また連休が間に入ったりすると、余計リズムがつかめず、蓄積された疲れが出てくる時期でもあります。
特に就職先が思っていたような会社ではないと感じたり、学校の雰囲気が今までの慣れ親しんだものと違っていたりすると大きなストレスを覚えて精神的疲れるのです。
単一民族だった日本人は、周りの人に対する意識が強いあまり、人からどう見られるかということを気にする人が多いのです。たしかに、周りの空気を読み、気を遣うことは心配りにつながり、人との関係を円滑にしたりします。しかし、それが過剰になると、自分のことよりも、周りのことばかりが気になり、自分の生き方に集中できなくなるのです。
ですから人間関係で一番悩むのが日本人です。カウンセリングなどでも、周りに振り回されて、自分のアイデンティティが確立できず、苦しんでいる人によく出会います。劣等意識や無価値だと思ってしまうのも、つい周りと比較してしまうからです。
私たちの価値基準を周りの環境に置くことから、聖書の基準に置くようにすることです。すなわち神との関係を第一に置くことが何より肝要となります。聖書が明言するように私たちは「神の作品」なのです。作品は数多く存在する製品とは違います。ここに一つしかない、代替えのきかない唯一無二の存在が作品なのです。神が手塩にかけてあなたという作品を創造してくださったのです。この認識、価値観をしっかりと持ちたいものです。それは、日々神様と交わる中で必ず確立することができます。
そうすると人を見ても、それぞれのユニーク性を見出すことはあっても、自分の値打ちを人との比較で決めることはなくなります。なぜならみな違う存在であり、違う作品だからです。
さらに聖書は、私たちのために神が「良い行いをあらかじめ備えて」くださっていると語っています。善い行いとは、単なる善行のことではなく、あなたならではの神様のみこころに沿った生き方のことです。ですからその働きもあなたの賜物や強みが生かされ、やりがいと生きがいのある働きです。
焦らず、一歩一歩歩んでいきましょう。すぐに思い通りいかないからと言って投げ出したり、あきらめたりしないことです。また、置かれたいるところがつらいからとすぐに逃げ出さないことです。逃げているといつも逃げる癖がついてしまいます。どこかで、立ち止まって、踏ん張って、神様と向き合うのです。
旧約聖書のヤコブのように神のみ使いと相撲を取るほど格闘することもあるかもしれません。しかし、それは必ずあなたにとって益となって帰ってくるのです。あなたの心の核が強められているからです。

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