閉じる

NO.557  2019.04.21

「主はよみがえられた」

 

「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか。」(ルカの福音書23:47)

 

主イエスキリストの復活を心よりお祝いいたします。今年は復活祭がずいぶん遅い感じがいたします。クリスマスは12月25日と決まっていますが、復活祭は毎年変わります。復活日は春分の日が過ぎた満月の日から数えて最初の日曜日というように決まっているからです。
それはイエスの十字架刑がユダヤ人の祭りである過ぎ越し祭の時であったことに由来するのです。過ぎ越し祭は春分の日を起点として定められるので、それに合わせてイエスの復活日も変わることになります。
さて、今日、私たちはイエスは死からよみがえられたと簡単に言いますが、2千年も前のことですから、それほどのリアリティーを持って受け止めることが難しいのではないでしょうか。
当時、イエスの十字架を目撃した人たちにとっても、イエスの死があまりにリアル過ぎるという理由で、復活が信じがたいことのように思えたのではないかと思います。
当局者たちのイエスの捕縛に始まり、祭司長による真夜中の裁判、ローマ総督ピラトの尋問、鞭打ちの刑、ゴルゴダの刑場への十字架行進、そして磔、十字架上の苦しみ。半日を超える苦悶の状態が続きました。そしてイエスに従う者たちは悲惨なイエスの姿を目の当たりにしたのですから、完全にイエスは死なれたと思ったはずです。また、愛してやまないイエスですから、その悲しみは想像を超えていたと思われます。
イエスの収められた墓の入口は固く封印され、ローマの番兵が見張りをしていました。翌朝早く、イエスに従っていた女たちは、イエスの体に塗る香料を携えてイエスの墓に向かいました。ローマ兵に追い返されることを想定しながらも、イエスのもとに行きたい気持ちを抑えることができませんでした。
しかし、墓についてみると思わぬ光景が目に飛び込んできました。封印されているはずの大きな岩は転がされ、墓の中をのぞくのですが、イエスの体が見当たらないのです。
不思議に思っていると、み使いが現れて、「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか。ここにはおられません。よみがえられたのです。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず罪人らの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目によみがえらなければならない、と言われたでしょう。」と言われて初めて、「女たちはイエスのみことばを思い出した。」のでした。
私たちも同様に生きておられるイエスを墓の中に探していることはないでしょうか。悲しみと絶望が女たちの目をふさいでしまったように、私たちの困難や苦しみがイエスを見えなくさせているかもしれません。
私たちはもう一度、み使いが語った言葉を心に語りかけなければなりません。「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中に探すのですか」と。
あなたが復活のイエスに目を向ける時、必ずイエスはあなたに出会ってくださいます。生きておられ、今もここに臨在されるイエス。このイエスとの交わりの回復が今日の復活祭なのです。確かに主はよみがえられて、今、生きておられ、働いておられるのです。 

閉じる