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NO.551  2019.03.17

「知らないことを知る」

 

人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。
(Ⅰコリント8:2)

 

もうすぐ桜の開花が西日本の方から聞かれる頃になりました。しかし、もうすでに早咲きの桜もあって河津桜や寒桜いう種類の桜は満開なのだそうです。いわゆるソメイヨシノと言われる桜はこれからですが、すでに春を先取りしている早咲きの桜があるのです。
同様に私たちが知っていると思い込んでいることがしばしば覆されることがあります。以前、このコーナーでご紹介しました黒い白鳥(つまり黒鳥)も良い例です。白鳥だけしかいないと思われていたのが、黒鳥が発見され、人々の既成概念が覆されたのです。
また、私たちは車は左、人は右、と思いますが、お隣の韓国に行けば、車は右側通行です。朝鮮戦争の時、アメリカ中心の国連軍によって復興したということもあり、車は右側通行なのです。 
わたしが生まれ育った愛媛は瀬戸内ですが、家内は高知です。同じ四国でも生活スタイルはかなり違います。結婚当初、生活習慣の違いでよく戸惑うことがありました。お雑煮は私の家では、最初から煮込んで食べるので食べる時はお餅があまり形がないものでした。しかし家内が作るお雑煮はお餅を焼いて入れるので出汁も透き通っているのです。そのほかにも違いを挙げればきりがありません。
私たちは大体のことはわかっているし知っていると思いがちですが、実は知らないことの方がはるかに多いのです。信仰の世界も同様です。信仰が形骸化したり、マンネリ化したりするのは、自分は大体聖書のことはわかったし、教会でやっていることはわかっている。と思い込んでしまうことです。
聖書は、「人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。」と言っていますが、まさにその通りです。
知らなければならないほどのことも知っていない。という視点から自分の人生を見るならどのようなことが言えるのでしょうか。
それは第一に私たちの人生はまだまだ伸びしろがある、可能性があるということです。私たちは全知全能なる神様を信じていると言いますが、私たちはまだ神様の一部分しか知らないのです。求めれば求めるほど、神様は私たちに答えてくださいます。「すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり」(エペ 3:18)とありますが、神様の偉大な存在をさらに深く知ることができるのです。
第二に私たちは謙虚になって学ぶ姿勢を持ち続けることが大切です。思い込んだり、決めつけてしまうとそこで成長は止まってしまいます。
新しい発見、新しい気づき、新しい出会い。そんな新しいことに積極的に挑戦していきたいと思います。神様はあなたにもっと素晴らしい世界があり、思っているよりもはるかに豊かな人生であることを教えたいと願っておられるのです。
今日も神様とのフレッシュな出会いと恵みに感謝して歩んでいこうではありませんか。神様がなされる奇蹟の御業の目撃者にしていただきましょう。

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