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NO.551  2019.03.10

「なくてならぬものに目を向ける」

 

彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています。 (へブル人への手紙11:4b)

 

先週の月曜日、大阪の野田実兄が81歳の生涯を終えて主の御許に召されて行かれました。中皮腫を患い、昨年手術をされておられたのですが、ご家族が見守られる中で眠るように天に召されました。
5日にご自宅のある桃山台の団地の集会所での葬儀となりました。家族葬ということでしたが、ご近所の方や教会員の方など30名を超える人たちが出席くださり、生前の兄弟を偲びながら、共に祈りをささげることができました。
キリスト教の葬儀は初めてという方も多かったのですが、賛美歌を共に歌い、祈りをささげ、告別のメッセージを通して、死への備えの大切さを聞く葬儀となりました。多くの方々が心に残る式であったと言われ、キリスト者、野田兄の証しの葬儀となりました。
わたくしと野田兄との出会いは今から25年前にさかのぼります。開拓を始めたばかりの大阪の集会にご夫婦で参加してくださったのです。当時50歳半ばのお年でしたが、頭はすでにきれいな白髪でした。30代の時に胃ガンになり、その時のストレスで一晩にして白髪になったとのこと。よほどの厳しいガンとの闘いであったことを知ることになりました。
五年前には、骨髄腫という骨のガンにかかられましたが、この時も医者が驚くほどの奇蹟的な癒しを体験され職場にも復帰されておられました。そして今回のアスベストによる中皮腫という肺ガンです。満身創痍の体でしたが、神様を見上げて愚痴を言うこともなく、神様から与えられた人生を全うされて行かれました。
兄弟は与えられた人生を置かれたところで最後まで前向きに生きていかれました。兄弟は電気技師の資格を持っておられたので、教会の電気の整備や必要な備品を備えてくださいました。また伺った話によると、希少な聖書訳や中国語の聖書を全部パソコンに打ち込まれ、いつも聖書に触れ、み言葉全体を把握しようとされました。
また、中皮腫の手術後退院されてから、今度はキーボードを買って、中高年のピアノ教室に通い始められたそうです。早く演奏できるようになって、教会奏楽のお手伝いをしたいと言われていたとのことでした。
普通なら、家でゆっくり静養して無理をしないようにと考えるでしょうが、野田兄は最後まで学ぶこと、チャレンジすることをやめられませんでした。そのひたむきさと衰えることのない意欲に本当に驚かされます。
「彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています。」とみ言葉にあるように、野田兄の生き様は私たちにキリスト者としていかに生きるかを語ってくださっています。
私たちは生かされていることにどれだけ感謝しているでしょうか。不平や不満ばかり言ってはいないでしょうか。そのような時間があるなら、与えられた人生をもっと生かして有益に用いたいものです。
なくてならないものは多くはありません。ただ一つだけです。キリストが一人一人に与えておらえる使命のために、私たちの時間も機会も用いていこうではありませんか。コツコツ、一歩一歩、神様を見上げて生きるなら、それは素晴らしい人生となるのです。あなたもキリストの証人なのです。

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