閉じる

NO.549  2019.02.24

「変わらないものに目を注ぐ」

 

イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。 (へブル人への手紙13:8)

 

私たちの周りの物には、流行りすたりがあります。古いものは今は、流行らないかというとそうでもないようです。今、若い女の子たちの間では、「パパのおさがり」が人気のファッションになっているという話を聞きました。タンスにしまっていた父親の服を引っ張り出して着て、SNSに投稿する人が増えているのだそうです。
父親が若かりし頃はやった服で、よく着ていたものが、一回りして若い人たちに受けていて、古着屋さんでも価値がぐんと上がっているそうです。なので、もしかしたらタンスにお宝が眠っているかもしれません。
わたしも着ない服があるので、整理しようと思っていたのですが、ひょっとすれば高い値段がつくかもしれないと思ってしまいました。ただ、若い頃、服に興味をもっていろいろな服を買っていた人はいいかもしれませんが、どうも私の家のタンスにはそのようなものはないようで、すぐ捨ててしまいなさい。と娘に言われてしまいそうです。
ファッションだけではありません。様々なものが変化しています。最近の若い人たちはあまり車に乗らないので、車が売れないということも聞きました。携帯やスマホの普及で公衆電話はあまり見なくなりました。ライフスタイルの変化で、すたれてしまったものも数多くあるのではないでしょうか。
生活の変化は仕方がありませんが、私たちの生き方もこの世の流れによって変わっていたのでは、焦点の定まらない生き方になってしまいます。私たちは変わらないもの、なくてはならないものをしっかりと見つめて生きることが大切です。
「イエスキリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。」とあります。変わらないイエスキリストをいつも見上げて歩んでまいりましょう。変化の激しい時代に生きるからこそ、より一層私たちは聖書の価値観を土台としなければなりません。
イエスを家に迎えた二人の姉妹の話が聖書に出てきます。お姉さんのマルタは一生懸命イエスをもてなそうと忙しく働いていました。しかし、手伝ってほしいときに妹のマリヤはイエスのそばで、じっと座っているではありませんか。イエス様の話を聞き入っているマリヤを見て、マルタはだんだんと腹が立ち、苛立ちを覚えてました。イエス様も私のことを何とも思われないのだろうか。というイエスに対するイライラも起こってきたのです。忙しくなると全体が見えなくなり、自分だけが辛い思いをしているように思えてしまうのです。心の余裕もなくなってきます。
そんなマルタをみてイエスは声をかけてくださいました。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」(ルカ10:41-42)
私たちもマルタと同じようにいろいろなことに気を使い、イエス様との関係が希薄になっていないでしょうか。どうしても必要なこと。それは一つだけです。それはイエス様との親密な関係です。きのうも、きょうも、いつまでも変わることのないイエスと今日もしっかりと交わっていこうではありませんか。ぶれない人生をしっかりと築いてまいりましょう。

閉じる