閉じる

NO.536  2018.11.25

「人生の危機」

 

すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」イエスは「来なさい」と言われた(マタイ14:28-29a)

 

先日、サーファーの映像が流れていました。サーファーのプロになると、ビックウェーブを求めて世界を旅するのだそうです。ハワイのノースショアのワイメアとかポルトガルのナザレというところでは巨大な波が押し寄せてくる場所で有名で、多くのサーファーが押しかけるのだそうです。
ギネスで認定されているサーフィンで成功した波の高さは30メートルだそうです。10階建てのマンションの高さに匹敵するほどの波に乗ったということになりますから、想像するだけでぞっとしてしまします。
ところで、私たちもいわば人生の波を乗るサーファーに例えることができるのではないでしょうか。人生には様々な試練の波が押し寄せてきます。予想していたものよりもはるかに大きな波に直面したり、予期しない突然の波に飲み込まれて、おぼれそうになることもあるでしょう。大小さまざまな波に四苦八苦しながら生きているともいえるでしょう。どうすればそれらの波を乗り越えることができるでしょうか。
聖書に、イエスの弟子たちがガリラヤ湖を襲った突然の嵐に行く手を阻まれた時の話が出てきます。その時イエスが、湖を上を歩いて弟子たちに近づいてこられました。弟子たちは波風に翻弄されながら、今度はイエス似の幽霊が来たと恐れおののきました。しかしイエスは「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」と声をかけられます。
すると何を思ったのかペテロが「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」と尋ね、イエスも「来なさい」と言われるではありませんか。ペテロのはイエスの言葉に従って湖の上を歩き始めるのですが、周りの波や風の音に気を取られて、沈みかけてしまうのです。しかし「助けてください」と叫ぶと、イエスはペテロの手を摑まえて助け出してくださるのでした。 溺れかけてしまったペテロでしたが、湖の上を何歩かは歩くことができたのです。ほかの弟子たちは恐れて、ペテロのような発想も思い浮かばなかったのです。
人生の「危機」。この危機という文字は「危険」と「機会」の二つの文字の合わさったものということができるでしょう。危険な状況でしょうが、しかしそれは困難な状況が打開されたり、可能性に満ちた人生の展開が起こる機会となったり、チャンスとなるのです。また、自分が大きく成長するチャンスにもなるでしょう。
大嵐は、ペテロにとってイエスに信頼すれば、嵐の中でも湖の上を歩くことができるという信仰の働く機会となり、成長のチャンスとなったのです。おびえて船にとどまるだけでは何も起こりません。
サーファーが大波を乗り越えるためにサーフボードを手放しません。同様に私たちも人生の荒波を乗り越えるためにイエスキリストという、いわば私たちにとってのサーフボードを手放してはならないのです。このお方の上に乗り、このお方から離れず、波に向かっていけば必ず波を乗り越えることができます。むしろサーファーは波が来るのを楽しみ、それによってさらに大きな波を乗り切っていくように、私たちもイエスと共に問題を恐れることなく、成長の機会チャンスとして試練を受け止め、乗り切っていこうではありませんか。イエスと共に素晴らしい人生のプロのサーファーを目指していきたいと願います。今日のイエスへの祈りと交わりがその第一歩となるのです。

閉じる