「勝ち負けに固執しない」
しかし神は夜、夢にアラム人ラバンに現れて言われた。
「あなたはヤコブと、事の善悪を論じないように気をつけよ。」(創世記 31:24)

プロ野球のペナントレースも終わり、クライマックスシリーズが始まろうとしています。日本一になるために上位チームがしのぎを削っています。スポーツの世界では勝つことが重要です。
しかし、人間関係まで勝ち負けで決めようとするとお互いに傷つくことになります。先日、ディボーションガイドのコラムに「夫婦げんかで勝てば、配偶者を失う」ということが述べられていました。確かに、相手を追い詰めて勝っても、その傷が相手に残り、それが心に悪影響を及ぼします。些細なことでも防御的になったり、反対に攻撃的になったりします。やがて互いを憎むようになっていくのです。夫婦関係だけでなく、私たちのかかわる周りの人との人間関係を勝ち負けという観点で見ないことが大切なのです。
徳川家康の遺訓に「勝つことばかり知りて、負くることを知らざれば、害その身に至る」というものがあります。「勝つために、人の気持ちを無視し、自分の好き勝手に行動をすれば、反対に自分を追い詰めることになりかねない。撤退する勇気も持たなければならない」という意味だそうです。
いわゆる「負けて勝つ」ということです。
私たちの人間関係は千差万別です。その中で自分の正しさばかり主張していたら、人間関係はまずくなる一方です。時には負けることで相手の気持ちを和ませ、信頼を勝ち得ることができるのです。良い意味で負けることを覚えると人間関係は変わってきます。
負けるとは自己主張しないで、相手の言わんとすることを聞き取ろうとすることです。相手に共感することです。たとえ違っていると思っても、そこで反論しないで、神様にゆだねる。そのような姿勢を学びたいと思います。
創世記に自分の不徳によって兄の怒りを買ったヤコブが逃れて叔父ラバンの元で過ごした話が出てきます。20年後、ヤコブは望郷の念にかられ家族を連れて帰ることにします。しかし、叔父に話せば止められることは必至でした。案じたヤコブは夜のうちに黙って家族や家畜を連れて出ていくのでした。ラバンはヤコブたちが去ったことを知って激怒します。何とか連れ戻そうと追いかけるのですが、神様がラバンに現れて「あなたはヤコブと、事の善悪を論じないように気をつけよ。」と語られるのでした。ラバンは神の語り掛けによってヤコブがなぜ出ていったのか考える余裕が与えられました。この後、ラバンはヤコブと出会い、ことの次第を聞き、受け入れて、ヤコブを祝福して帰っていくのでした。
私たちの互いの関係を豊かなものしたいと思います。そのためには互いの気持ちを聞き、受け入れる共感力を養いましょう。自己主張し合うのではなく、勝ち負けで決めたり、優劣を競ったりするのではなく、キリストにあって一つになることを目指しましょう。互いの違いを認めつつ、キリストの愛の心でひとつになる。そのような信仰的な幅と深さを与えられたいと思います。その時、教会は豊かなキリストの愛にあふれた共同体へとなっていくのです。