「しっかり悩む」
苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。 (詩篇119:71)

若者伝道に携わっておられる牧師先生が若者たちによく言う言葉があるそうです。それは「悩むときはしっかり悩め」という言葉です。なるほどなと思いました。私たちは悩みを抱えると、その解決策を見出そうとします。もちろんそれは当然のことではあります。しかし、安易に自分に気にいるような解決策を求めたりします。しかし、人生の悩みに対してはそれほど簡単に答えが出るものばかりではありません。むしろその反対で、悩み苦しむことが多いのです。
むしろ悩み苦しむことの中に、神様が何かを教えようとされていたり、私たちの成長と成熟のために試練を通らなければならないこともあるのです。悩み苦しむ格闘の中で、自分と向き合い、人と向き合い、神と向き合うようになるのです。
もし、悩んでいる人にアドバイスすることがあるとしたら、前述の先生のように、悩むことから逃げないで、「しっかり悩む」だということです。そうして必ず、その悩みに自分の人生にプラスになることがあることを伝えたいと思います。今はわからないけれど、必ずわかる時が来る。そのためには、自分自身で見出すことが大切であり、自分で見出した道はその人に大きな財産になるのです。
また、自分だけで悩むのではなく、それを神様のもとにもっていくことです。神に問いながら、神様の導きを求めるのです。ピンポイントの解決の言葉はなくても、神様はその悩みの中でも、愛していること、共におられること、一緒に歩んでくださっていることの確信を手にするのです。
「御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。」(ローマ8:26)とある通りです。
また、自分の悩みを分かち合い、祈ってもらう仲間を持つことです。そのような信仰の友がいる人は幸いです。セルの仲間や信仰の友と祈り合う時、慰めや励ましを受けることができるのです。
先日も、入院生活から退院された方が、教会の兄弟姉妹に祈ってもらったことがどれほど支えになったかということを証してくださいました。病気になったことでいろいろな不安や恐れがあったようです。でも、そのことを分かち合い祈っていくことで、主の最善を信じることができ、入院中も主が支えて下ったと証をしてくださいました。
自分にとって納得いくような答えばかりを期待していると不平不満が出てきます。しかし、どのような状況でも主の大きな御手の中で事が進んでいることを信じることができるなら、小さなことでも感謝ができるようになります。今はわからないが後でわかることがあると信じましょう。悩みのただ中で主を見上げていくようにいたしましょう。