「主に導きを求める」
主よ。あなたの道を私に知らせ、あなたの小道を私に教えてください。 (詩篇25:4)
私の実家の近くには有名な神社があ ります。毎年2月になると三日間、「椿さん」と呼ばれるお祭りがあり、小学校や中学校までお休みになるほどです。参道には出店や屋台、昔は見世物小屋まで出ていました。県内だけでなく県外からも大勢の人たちがお参りに来るほどで、参道は人で埋まり、時には身動きが取れないほどで、本殿にたどり着くまでにひどいときには数時間かかるほどでした。
小学校の頃、私も両親に連れられて何度か行きましたが、大変な思いだけが残りました。唯一、金太郎飴を買ってもらえるのが楽しみと言えば楽しみでした。本殿前は、ごった返していますから、近づけない人たちがお賽銭を投げ込むので、そのお賽銭が飛び交い、頭に当たることもしばしばでした。
大変な思いをしてお参りをするので、それだけ達成感があったかもしれませんが、私はただくたびれただけの思い出でした。
やがて、高校時代にキリストに出会い、神様の救いを体験することができました。信仰生活に導かれるようになって気づいたことの一つは、祈りの違いでした。神社などで祈る祈りは、祈る側の一方的な願望の訴えばかりです。祈る相手の気持ちや思いは関係ないのです。こちらの願いを聞いてもらいたいと一方的に訴えるのです。
しかし、信仰生活の中で身に着けた祈りは、神の導きを求める祈りでした。神様に聞いて神様のみこころに生きるための祈りです。聖書を通して神様が私たちに語っておられることを受け止めながら、その言葉に従って、神様にみこころは何か一番に求めるようになったのです。
信仰生活の第一は「神に聞く」生活です。神様は私たちを神の子どもとしてくださいました。私たちの父である神様は私たちに願っておられることがあるのです。それを聞き取って、生活を整えていくことが必要です。「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」(マタイ6:33)とあるように、神の御国を第一に求めることが一番大切な生き方です。
そのためには「神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」(ローマ12:2)と言われているように、自分の願望の達成以上に、自分を変えるための生き方にチャレンジすることが大きな目標になってくるのです。もちろん神様は私たちの必要をすべてご存知ですから、第一のものを第一にして生きていけば神様は全ての必要なものを満たしてくださいます。
今日も神様の導きを求めましょう。神様が願っておられることを聞き取っていきましょう。その道に進める勇気と力を与えられていきましょう。主はあなたに教えてくださいます。主はあなたと共におられ、あなたを助け導いて下さるのです。