「福音の靴を履いていますか」
わたしのもとに来て、わたしのことばを聞き、それを行う人たちがどんな人に似ているか、あなたがたに示しましょう。その人は、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を据えて、それから家を建てた人に似ています。洪水になり、川の水がその家に押し寄せたときも、しっかり建てられていたから、びくともしませんでした。 (ルカ6:47-48)

私がアメリカ留学していた時、日本人クリスチャンの教会ツアーに同行したことがありました。ある教会の祈祷会の後、教会の牧師先生があいさつをしてくださいました。「是非皆さん、福音の靴を履いて歩んでください。」と話始められました。「最初、真新しい靴は足になじみにくいものです。時々靴づれを起こして、靴が合わないように思う時もあるかもしれません。でも履き続けているとその靴は次第に足に馴染んでくるのです。ですから、福音の靴を履き続けてください。」そう言ってみんなを励ましてくださったことを思い起こします。
信仰は実践してこそ、身につくものです。最初はお祈りもうまく祈れないかもしれません。どう祈っていいかわからないものです。しかし、周りの人たちの祈りの姿や言葉を聞きながら、見よう見まねで、自分で祈っていくと、だんだんと自分の祈りになってきます。毎日10分、20分とお祈りの時間を増やしてみてください。祈りの恵みをきっと体験するでしょう。
最初は、教会の交わりも馴染みにくく感じるかもしれません。しかし、少しづつ兄弟姉妹と交わっていくうちに、神の家族の豊かさや恵みがわかってきます。時には人とぶつかることもあるかもしれません。しかし、そこで互いの違いを認めることを学んだり、受け入れ合うことを体験していくのです。避けていたのではキリストの体の交わりの素晴しさを味わうことはありません。
伝道も同様です。人に証しするように言われても、どうしていいかわからないかもしれません。自分の救いの証を書いてみて、準備していると話しやすくなります。自然と証しするためにはよい人間関係を構築することも大切でしょう。自然体で神様を証しできるように祈って備えていると、神様はそのチャンスを与えてくださいます。主を喜び、賛美する生活を身に着けていると周りから声をかけてくださる機会も起こされてきます。解放の祈りの働きも身に着けると伝道に大いに役に立ちます。
その学びに参加するのも素晴らしいチャレンジです。
聖書はどうでしょうか。最初から一度にたくさん読まなくてもかまいません。週報の通読個所やディボーション個所などを参考にしながら、継続してみてください。千里の道も一歩からです。神様の豊かなみ言葉の恵みが与えられます。
献金は、祝福の源です。献金を捧げることで、神様に従う表明となり、神様からの有形無形の恵みをいただくことができます。惜しむ心からではなく、喜んで捧げる人を神様は大いに祝福してくださいます。
神様のみ言葉を実践していくことを、聖書は「地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を据えて、それから家を建てた人に似ています。」と言っています。たとい洪水が押し寄せても、あなたの家はびくともしないようになるのです。福音の靴をあなたの足にはいて歩み始めてください。神様を身近に体験することができるのです。