「チームで戦う」
それは、からだの中に分裂がなく、各部分が互いにいたわり合うためです。
もし一つの部分が苦しめば、
すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、
すべての部分がともに喜ぶのです。
(Ⅰコリント12:25‐26)
サッカーワールドカップもベスト4が出揃いました。日本もグループリーグを突破し、ベスト16に入ることができました。優勝候補のベルギーにもう一歩で勝利するところでしたが、ロスタイムに一点勝ち越され、惜敗してしまいました。
しかし大会前にこれだけの活躍を誰が予想できたでしょう。大方の見方は予選で敗退するというものでした。確かにそういわれるだけの事態にチームは陥っていました。監督は一カ月前に解任され、新たに日本人の西野監督が就任しましたが、だれも期待していませんでした。大会前の試合では半年以上も勝利していませんでした。チームは自信を失い、マスコミも評論家も否定的な論調が多かったのです。ところが、新監督のもと一カ月もたたない間に、チームは見事に変身し、グループリーグを突破することができたのです。
新監督のもと、どのようにチームは変わることができたのでしょうか。素人の私たちでもわかることは日本チームが一つのチームになって戦っているように見えました。監督と選手、選手同士がしっかりとコミュニケーションが取れ、監督を中心にチームとして一つにまとまっていました。
突出するほどのスーパースターはいませんでしたが、体格の大きな相手には必ず一人で守備をするのではなく、二人、三人とサポートしましたし、バックアップが常にありました。チームが連動してうまく機能していました。また日本人監督に変わったことで、今までの日本人の特性に合った攻撃スタイルも復活し、やらされている感のあるサッカーから、自分たちの発想も生かされるサッカーに変わったように思えました。
一つになることの大切さは団体競技にとどまらず、どの組織にも言えることです。特に教会においてはそれが大切な本質の一つなのです。チーム力がなければ力を発揮することができないように教会も一つになって初めて大きな働きを担うことができるのです。
教会はチームであると同時に家族です。またキリストのからだなのです。聖書は教会を「キリストのからだ」と表現しています。からだは一つですが、各器官から成り立っているのです。「それは、からだの中に分裂がなく、各部分が互いにいたわり合うためです。」とあるように、各器官である私たちひとりひとりが、互いにいたわりあうことが大切です。
また、互いがつながっているのがからだです。誰かが痛めば、体全体が痛むのです。それが体の特質です。私たち一人一人が、キリストのからだの器官としての自覚を持ち、与えられたところで、互いをサポートし合い、いたわり合うなら、教会はキリストの教会として成長することができるのです。
互いの関係を大切に致しましょう。一人一人が孤立することなく互いがサポートし合いましょう。 さばき合うのではなく、赦し合う。傷つけ合うのではなく、いたわり合う。無関心になるのではなく、関心を持ち祈り合う。そのような関係を通して、教会のチーム力はアップしていくのです。自分の賜物が生かされ、一人一人が生き生きと輝き、互いが喜び合う関係を目指して前進していこうではありませんか。私たちはキリストのチームなのです。