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NO.510  2018.05.27

「ブレイクスルー」

 

そこでパウロは、一年半ここに腰を据えて、彼らの間で神のことばを教え続けた(使徒18:11)

 

私が東京に開拓して今年で23年になろうとしています。思えば開拓に来た1995年という年は様々なことがありました。1月17には阪神大震災、3月にはオーム真理教による地下鉄サリン事件。何か世間の空気はざわつき、宗教全般に対する拒絶感があったように思います。
最初の部屋を捜すのもなかなかままなりませんでした。最初は新しく教会を訪ねてくれる人はほとんどおらず、手詰まり感を覚えました。しかし、神様は真実なお方です。あきらめずに働きを継続している間に神様はブレイクスルー(突破口)を与えてくださいました。悩み相談室が週刊読売に掲載されたのです。その日から、電話が鳴りやまらなくなるほど問い合わせが殺到するようになったのです。以来、神様は救われる人を次々と起こしてくださり、現在にまで導いてくださっています。
聖書を見るとパウロもコリントの宣教に訪れた時、様々な困難に直面しました。多くのユダヤ人の反対がありました。慣れない環境でパウロの心もゆれそうになったのです。しかし、祈りの中で神様は幻で「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。私があなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はいない。この町には、わたしの民が沢山いるから。」(使徒18:10)と語られて、パウロを励ましてくださいました。
この励ましに力を得たパウロは、一年半コリントに腰を据えて、神のことばを語り続けました。もしパウロがあきらめて故郷に帰っていれば、コリントの教会は生まれませんでした。神の御声に励まされて、伝道し続けたのです。その時御業が現わされたのです。
私たちにも様々な試練や困難がやってきます。しかしそれは現状が打破され、新しい神の御業が現わされる機会となることを覚えたいと思います。
私たちは状況がある程度うまくいっていると変化の必要性を感じることはありません。しかし、問題が起こったり、困難に直面すると、私たちは祈らざるを得ないような状況に置かれるのです。神に必死に祈り始めます。神に問うようになります。そして自分との格闘が始まるのです。信仰の見直しも始まります。それらのことが次へのステップの準備となるのです。創意工夫もそのような中で生まれてくるのです。
私たちの人生も様々なブレイクスルー、すなわち突破口が神によって用意されていることを覚えたいと思います。あきらめないでいよいよ祈ろうではありませんか。もう一歩信仰のチャレンジを受け止めてその場にとどまり、腰を据えて信仰に取り組みましょう。
今年の教会のみ言葉は「深みに漕ぎ出そう」がテーマであることをご存知でしょう。イエスのことばに従ったペテロは大量の魚を捕ることができたように、私たちもあきらめず網を投げ続けようではありませんか。

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