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NO.110  2010.09.26

「福音の前進」

 

こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで、弟子の数が非常にふえて行った。
(使徒の働き6:7)

 

 昨日、佐久ホープチャペルの開所式が行われました。総勢30名を超える方々が集われ、皆でともに祈り、神の福音が前進することを思い描きつつ祈らせていただきました。立てられている松吉牧師、村山清門伝道師が用いられるようにお祈り下さい。また、佐久の地にますますキリストの救いの御業が現されますようお祈り下さい。
 また先日もご報告いたしましたが、佐藤牧師夫妻が茨城県石岡市に開拓をされます日韓教会、改め「希望の教会」の働きのためにもお祈り下さい。
ホームレスの方々や居場所のない方々を対象とした社会福祉施設「希望の家」も開設されます。文字通り出て行って福音を伝える場所として「希望の教会」が用いられますように。またその経済的、人的必要が満たされますようにお祈り下さい。
 どちらの教会もそれぞれに、神様の不思議な導きがあることを覚えます。一度は閉鎖の危機に立たされたと言うことにおいてどちらも共通しています。しかし、その危機から神様の新しい開拓の道が開かれたことを覚えたいと思います。最初から高名なビジョンや志が掲げられ始まったわけではありません。でも、神はあえて険しい道を通らされ、神に信頼していくような道を備えられ、そこから不思議な神様の導きが与えられたことを覚えないわけにはいきません。
 使徒の働きの時代も宣教の働きは困難の連続でした。聖霊を受けた弟子たちでしたが、その積極的な宣教の働きの故に当時の宗教指導者たちに迫害を受けることになります。その結果、イエスの弟子であるステパノやヤコブが殉教をいたしました。彼らは迫害の手を逃れて、エルサレムから出て行くことを余儀なくされました。しかし、それがかえってユダヤから福音が世界へと拡大していく後押しとなったのです。もしそのような迫害がなければ、彼らはイエスが再びこられることを待ち望んで、エルサレムから離れることはありませんでした。しかし、神は困難を用いて強いて弟子たちを出て行かせたのです。そしてそのことが結局福音の前進へとつながっていったのです。
あなたはどのような状況に置かれているでしょうか。様々な困難や試練を覚えている人もいるかもしれません。でもそのことがあなたの信仰の覚醒につながったり、かえってキリストの証しのきっかけになったりするのです。きれいな美しい伝道というのはありません。それはしばしば、問題と格闘しながらなされるものなのです。始まりは混乱かもしれません。でもそれでも福音は前進していくのです。この神の偉大な福音宣教の業に私たちも携わっていることを覚えましょう。神のみ業はあなたやわたしのただ中で起こるのです。

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