「信仰の水がめを満たそう」
イエスは彼らに言われた。「水がめに水を満たしなさい。」
彼らは水がめを縁までいっぱいにした。
イエスは彼らに言われた。「さあ、今くみなさい。そして宴会の世話役のところに持って行きなさい。」
(ヨハネの福音書2:7-8)

信仰の歩みは私たちと神様との共同作業ということができます。この世界に神の国の到来を告げ知らせるために神様が用いられるのは天使でもなく、あるいは神ご自身が単独で勝手にされるのでもありません。神はこの喜びに満ちたグッドニュースをあなたや私を通して届けたいと願っておられるのです。
しかもそれは特別な人を用いるのではなく、私たち普通の人を用いられるのです。5000人を給食されたとき、一番に用いられたのは少年でした。少年が差し出した5つのパンと2匹の魚が実に5000人を養うイエスの奇蹟のきっかけとなったのです。想像するだけで嬉しくなるではありませんか。
今日の聖書箇所では水を汲んだ使用人が用いられています。婚礼に招かれたイエスでしたが、その宴会の席上でぶどう酒が無くなりました。イエスの母マリヤに言われてイエスは立ち上がられます。そのときイエスが声をかけられたのが台所で働く人達でした。『「水がめに水を満たしなさい。」彼らは水がめを縁までいっぱいにした。』と聖書は簡潔にのべています。ここに神様が働かれるポイントがあります。
第1に彼らはイエスが言われたように水瓶を水で満たしました。7割でもなく、
8割でもなく、縁までいっぱいにしたのです。私たちの信仰のバケツはどれくらいになっているでしょうか。神様の働きを求めながら私たちの側はどのような行動を取っているでしょうか。とにかく、バケツを満たすことを始めなければなりません。意外と途中で諦めたり、辞めたりしていませんか。信仰の手ごたえを体験するためにはイエスがあなたの信仰のバケツを満たせと言われたことをやり続けることです。
どこまで汲めばいっぱいになったかわからないかも知れません。でもいっぱいになったらイエスが声をかけられます。「さあ、今くみなさい。そして宴会の世話役のところに持って行きなさい。」この声を聞くまで働く者達が水をくみ続けたように、私たちもイエスが声をかけられるまで、あるいは神の業が起こるまで水をくむという働きを止めないことです。
あなたの個人の祈りの生活はいかがですか。10日間の祈りの後に弟子達に聖霊が注がれたように10日間が満ちる祈りをしたいと思います。あるいは誰かのために証しを始めたら、その働きを継続することです。神が働かれるときが必ず訪れます。水がぶどう酒になるときがやってきます。そのときまで、信仰のバケツが満ちるように、こつこつと信仰の労苦を止めないようにいたしましょう。