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NO.056  2009.09.13

「もう一度行きたくなる教会」

 

 私は今、アメリカ・カナダのビジョンツアーでシアトルに来ています(予定通りであれば)。本日の礼拝はシアトルのマーズヒルズ教会での礼拝です。若い世代に影響力を与える教会として最近特に注目されている教会です。日本とアメリカ、場所は違いますが、愛する兄弟姉妹と共に同じ主を見上げ、共に賛美できる幸いを感謝いたします。
 成長している教会のひとつの特徴は、新しい人がまた来てみたいと思えるような教会です。ハワイのウェインコデイロ牧師先生が「アンコールチャーチ」という本を書いておられます。もう一度行きたくなる教会という意味ですが、私たちの教会もまた行ってみたい。また来たい。そのような思いになるような教会を目指したいと思います。
 もういちど行きたくなる教会、それは単に建物が立派であるとか、プログラムが充実しているとか、人数が多いから、プロフェッショナルな働きがあるとかいうのではありません。それはそこに心があるかどうかです。
その心とは「愛する心」であり「仕える心」であり、「感謝の心」です。しかし、それらはすぐにできるものではなく、育まれ、培われていくものです。
それを培うためにはどのようにすればよいのでしょうか。その第一は「心を尽くし」て何でも行うということです。「心を尽くして仕え」「心を尽くして人とかかわり」「心を尽くして奉仕をする」。心をこめて与えられている事柄にかかわっていくことです。
慣れ親しんでくると、互いに甘えが出てきて、お互いの関係のけじめがつきにくくなったりします。私のことはわかってくれているだろう。これぐらいのことはいいだろう。そんな甘えの気持ちが互いの関係をぎくしゃくしたものにさせたりするのです。お互いを大切にするということは、相手が嫌がることはしない。更には相手に対してまごころを尽くして仕えようとする。それを神様が私たちに願っていることではないでしょうか。
それを一言で言えば「互いに愛しあう」ということにほかなりません。私も忙しくなると、役割をこなすことや、スケジュールを消化することに目的が移ってしまい、心をこめてという部分が手薄になってしまいます。もう一度、心を尽くして主に仕え、心を尽くして愛し合い、心を尽くして仕えあうそんな心の通う歩みをしたいと願います。
私たちの教会にみんなまた来たいと人々が思うようになればなるほど教会は成長していきます。まごころから、心を尽くして互いに仕えあおうではありませんか。

 

『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』これがたいせつな第一の戒めです。
『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。   
(マタイの福音書22:7-39)

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