■黙想エッセイ

私たちは皆、恵みを受けたいと思っています。しかし、受けたくても受けられないときもあります。その多くの場合は、私たちの心が閉ざされているときです。ある夜、運転中に豪雨に見舞われました。
車のフロントガラスに放水銃で水が放たれているような雨水が打ちつけ、ワイパーも何の役にも立ちませんでした。その時、ふと「こんなに土砂降りなのに、車の中には雨が一滴も入ってこないんだな」と、不思議に思いました。雨の中を走りながら窓を一度開けてみると、雨水が容赦なく入ってきました。閉まっているときは一滴も入ってこなかったのに、開けた途端こんなに入ってくるのです。その時、私たちの心について考えてみました。神様の恵みが豪雨のように注がれても、心が閉ざされているなら、恵みは一滴も入ってこないのです。
心を開かなければ、恵みを受け取ることはできません。しかし問題は、自分の意志で閉じた自分の心が、自分の意志では開けられないということです。閉じられた自分の心の鍵を持っている方は神様です。最もすばらしい恵
みは、心が開かれる、いや「私の心を開いてくださる恵み」 です。今日も、明日も 明後日も、生き抜かなければならない多くの日々の中で、私の心を開いてくださる恵みをいつも受け取りたいと願います。心で見て、心で感じて、心に留めて、心に他人の心をも抱きながら生きていきたいと願います。「神様、あなたの雨 (恵み)は私が浸れるほど十分ですから、今、私の心を開いてください。」